コラム

 公開日: 2014-09-13 

お布施にお礼を言わぬ僧侶は三宝か、疑問に思えば罪か? ―hasunohaへの回答について(4)―

 おはようございます。
 皆さん、今日もお会いできましたね。
 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被災された方々と、原発事故の現場をはじめ、復興に尽力しておられる方々に、み仏のご加護がありますよう心よりお祈り申し上げます。





〈Aさんと人生相談をしている最中に大きなオニヤンマが飛来し、目の前でしばらくじっとしてから飛び立ち、Aさんは「ああ、よかった」と安心、笑顔で帰られました。救いの共時性(キョウジセイ)を目の当たりにしました〉

 僧侶への質問コーナーhasunohaに寄せられた質問の骨子です。

「なぜ、僧侶はお布施に対してお礼を言わないのでしょう?
 お釈迦様は『自燈明、法燈明』と言い、三宝を敬えなどとは言わなかったのではありませんか?
 こうしたことごとは、後世の僧侶が都合良く設定したのではないでしょうか?
 こんなことを考える私は罪深いと思います」

 当山からの回答です。

◎お礼の問題

「お布施は僧侶が受けとるものではありません。
 僧侶はみ仏にお仕えし仏法を学び実践して仏法とご縁の方々をお守りする行者であり営利目的の行動は行いません。
 だからお布施は皆さんが『おかげさま』とみ仏へ自主的に納めるものであって僧侶はそのうちから寺院を維持し自分が生きる分だけをいただきます。
 当山はあらゆる法務のお布施を皆さんのまごころへお任せし金額の請求をしません。
 請求書の分を領収する意味でのお礼はないのです。
 しかし清浄なお布施のおかげで寺院は成り立ち僧侶も生きて行けるので当然、感謝を込めて頭を下げます。
 言葉は当山においては『確かにご本尊様へお納めさせていただきます』となります。」

 かつて、托鉢にいそしんでいた日々を思い出します。
 こんな自分がお布施を手にする資格があるのだろうか?と悩みました。
 いただいたお布施はすべて、ご本尊様へお供えしてからしか、手をつけませんでした。
 今も同じ心でおります。
 お礼の言い方については仏法上の決まりがあるわけではなく、あくまでも、当山なりの判断と対応であることを申し添えます。

◎『自燈明、法燈明』と三宝について

「仏法は、聖者や行者によって時代と共により深くより精緻に研究され戒律の内容や祈るお次第もより洗練され続けています。
 今生きている人は誰一人、お釈迦様と同じ時代の空気を吸い同じ文化環境の中で生きてはいません。
 だから大切なのは『お釈迦様が言った』かどうかではなく、お釈迦様が説かれた空や慈悲や因果応報の真理をより深く学び実践することのみです。
 その方法がお釈迦様の時代にあったかどうかを詮索しても仕方がありません。
 み仏のお導きがなければ私たちは自分の霊性に気づきにくく、苦を脱することができません。
 み仏の教えとお力によってこそ私たちは苦を脱する道を歩めます。
 み仏と教えを守り法を実践する人がいなければ仏法という満月は群雲に隠れたままで救いの光はありません。
 だから仏と法と僧は人類の宝ものであり、現代における仏教徒の定義は第一に三宝を尊ぶ者とされています。
 ただし当山では、僧とは一行者だけを指すのではなく『み仏と教えを守り学び実践する人々』であり、出家者と在家者を問わないと考えています。
 それは、信じてお布施をしてくださる人が宝ものとして存在していなければ寺院は成り立たず、行者は生きて行けず、み仏も仏法も守られないからです。
 お釈迦様は私たちが自己主張などで言う『自分』を灯明とせよと説かれたのではありません。
 無知と我欲が主人公の自分を放逸の状態にしておくことが諸悪の根源であり、正しく管理せよと説かれました。
 だからこの場合の『自』とは、仏法の実践によって発見される真の自分、仏性に導かれたみ仏の子としての自分です。」

 実は、お釈迦様の生の言葉に最も近いとされている『法句経』に、こう説かれています。

「仏と真理と和合者とに帰依する者は、正しい智慧をもって四つの聖なる真理を観る」

 仏法僧に帰依し、学び、実践してこそ、「この世は苦であり、苦には原因があり、原因がある苦は原因を除去すればなくなり、除去するには方法がある」という真理が理解でき、救いへの道を歩めると説かれています。
 ここで僧侶を「和合する者たち」と説かれていることに注目しましょう。
 文脈としては、出家修行者たちでしょうが、大乗仏教まで進んだ現代にあっては、さらに〈み仏と、仏法と、仏道に生きる僧侶を尊び、寺院と僧侶の存続に手を差し伸べる善男善女〉すべてが含まれるものと考えています。

 また、『法句経』には、こうも説かれています。

「自分こそが寄る辺(ベ)であり、自分の他に寄る辺はあろうか。
 よく調え御された自分こそが得難き寄る辺である」

 仏法を学び、実践し、智慧の眼が開き、我欲などの煩悩に負けなくなった自分こそが真に頼れると説かれています。
 それはとりもなおさず、お大師様がこう説かれた世界です。

「仏法遥かにあらず、心中にして則ち近し」

 私たちはみ仏の子であり、そのことに気づき、み仏の子として生きる以外、仏法に救われる道はありません。
 それはとりもなおさず、み仏に救われていることなのです。
 ここのところをきちんと説かず、「ご本尊様へすがらず、自分で生きるように」とする気楽な解釈が散見されるのは残念なことです。

◎仏教で決まっていることに疑問を持つのは罪深いか?

 仏教は、「救われたければ、とにかく信じよ」という宗教ではありません。
 修行の手順はこうなっています。
 まず、よく知ること、次に、自分自身でそれをよく考えてみること、そして、納得できたならば修習すること。
 この二番目がポイントです。
 考えるために仏教以外の科学や哲学や社会学なども総動員してかまいません。
 自分の魂をかけて信じられるかどうか、自分で突き詰めてこそ真の救いを得られることでしょう。
 だから、見聞きしたことを鵜呑みにせず、疑問を持つことは尊い行為です。
 罪などどこにもありません。
 もしも、頭ごなしに「信じよ」「こうせよ」と言う僧侶がいたならば、罪深いのはそちらです。
 どうぞ、心配されず、考え、選ばれますよう。
 ご加護を祈っています。合掌

 今日の守本尊阿弥陀如来様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。
https://www.youtube.com/watch?v=4OCvhacDR7Y



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 山里の寺から、有縁無縁の方々の、あの世の安心とこの世の幸せを祈っています。

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