コラム

 公開日: 2014-09-17 

公開Q&A(その7)僧侶はお葬式で何を考えているの?(その5 ご葬儀にて)

 おはようございます。
 皆さん、今日もお会いできましたね。
 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被災された方々と、原発事故の現場をはじめ、復興に尽力しておられる方々に、み仏のご加護がありますよう心よりお祈り申し上げます。





質問7 お葬式ではどんなことを考えているのですか?

回答7 せっかくのご質問なので、お葬式当日だけでなく、お送りするための順番にそってお話しましょう。

 いよいよご葬儀の場について書かねばなりません。
 ご葬儀における導師の仕事はただ一つ、亡くなられた方が、この世とあの世との区切をはっきりとつけられるよう、み仏のご加護をいただくことに尽きます。
 引導(インドウ)を渡すのです。
 プロの僧侶としての修行は、この修法を行えるだけの法力を身につけられるかどうかにかかっています。
 もしも未熟ならば、それは手術の技術も精神も体力も整わない外科医の卵のようなもので、導師の席には座れません。
 引導とは読んで字のごとく、私たちの親であるみ仏が、「さあ、こちらへ」と、魂のふるさとへ引き入れ、お導きくださることです。

 おおまかに手順を述べてみます。
 導師が何をするかと言えば、まず、ご葬儀の場へ目に見えぬ結界を張り、清め、浄土とします。
 地鎮祭を想像してみてください。
 まず、しめ縄を張り、結界とします。
 それと同じです。
 地鎮祭では結界の中で、天神地祇(テンジンチギ…天地の神々)のご守護を祈りまずが、ご葬儀では、不動明王をはじめ、八方天地(ハッポウテンチ)十方世界(ジッポウセカイ)の守本尊様へ至心にご加護を祈ります。
 次に、ご本尊様と一体になった導師は、死者が本来、み仏の子であることを死者と共に確認します。
 そして、死者の心にみ仏の心が開いた時をみはからい、瞬時に解き放ちます。
 ――執着のこの世から、解放のあの世へ。
 その先は、手向けの祈りで、ふるさとへと帰り始めた死者の背をそっと押します。
 会葬者の焼香や合掌を伴った「ありがとうございました」「どうぞ安心の世界へ」「無事に行ってください」という清らかな思いもまた、行く道を清め、背中を押す力となります。
 最後にご本尊様へ感謝の祈りを捧げ、結界を解いた導師は、何のためにお線香を捧げるのかといった供養の根本についてお話し申しあげてから、退がります。

 手順でおわかりのように、導師は必ずご本尊様と一体になり、死者とも一体になり、別れの峠に立つのです。
 死者はそこからあの世へ向かい、導師は、いったん、日常の次元に戻ります。
 こうしたことをくり返している身としては、臨死体験をした人々が語る光景はあまりにも当然としか考えられません。
 そこはまぎれもなく安らぐ〈峠〉なのです。

 では、帰ってきた導師はいかなる心持になるのか?
 それは、よく訊かれるご質問に答える形にしてみましょう。
「お坊さんは相当な修行をしたんでしょうねえ。
 何が一番大変でしたか?」
「皆さんとあまり変わりありません。
 板前さんが一人前になるまでは下積みのご苦労があるはずです。
 イチロー選手もいかなる練習をしていることやら。
 でも、私たちは料理を楽しみ、プレーを楽しむだけです。
 カモがゆったりと水面を滑る姿に気持が休らいでも、いちいち、水面下で激しく動く足を見ようとはしないのと同じです。
 何年座ろうと、何年歩こうと、いかなる護摩を焚こうと、僧侶だけがそうした〈カモの足〉を問われる必要性はなく、自分もやろうとするる人以外は、関心を持っても無意味です。
 僧侶が自らに課しているのはただ一つだけです。
「ご縁の方々の求めに応じてプロならではの適切な対応ができるかどうか?」
 板前さんやスポーツ選手と何ら変わりありません。
 言いたいことは、一般的なイメージとしての「修行」などは下準備でしかなく、「大変」なのは、板前さんやスポーツ選手と同じように、プロとしての役割を果たす、つまり、結果を出すことであり、高度な修行は、そうした現場においていつも継続しているということです。

 回り道をしました。
 気持そのものについて書きましょう。
 自分の弟弟子や妹弟子を先に送ることは実に辛いものです。
 由緒も来歴もなく、無から始めた当山は、地域性や義理などとは関係なく、純粋に当山の法務に納得してご縁を求める方々をお送りしています。
 生前に「万が一の時はお願いします」と申し出る方々はすべて、導師より後から仏道へ心を定めた仏弟子であり、年令を問わず可愛い弟弟子か妹弟子です。
 あるいはそうした方々の大切なお身内です。
 だから、生木を裂かれるような思いになります。
 同志を送り、自分はこの世に留まらねばなりません。
「私も後から行きます……」
 こう、手を合わせています。
 おりおりに、特攻隊を指揮した海軍中将大西瀧治郎の残した言葉「おれもゆく、わかとんばら(若殿輩)のあと追いて」を思い出すのには、こうしたわけがあります。
 幾度も、幾度も、「私も後から」と手を合わせることになった因縁を考えると、自分の悪業(アクゴウ)の数々に思い至り、祈りを深めるところにしか救いの道はありません。

 ご葬儀に関しては、こんな思いを懐きつつ、役割を果たしています。

 今日の守本尊文殊菩薩様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。
https://www.youtube.com/watch?v=WCO8x2q3oeM


 ご関心のある方は当山のホームページ(http://hourakuji.net/)をご笑覧ください。
 山里の寺から、有縁無縁の方々の、あの世の安心とこの世の幸せを祈っています。

この記事を書いたプロ

大師山 法楽寺 [ホームページ]

遠藤龍地

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