コラム

 公開日: 2014-10-02 

彼との別れですべてが終わった ―hasunohaへの回答について(8)―

 おはようございます。
 皆さん、今日もお会いできましたね。
 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被災された方々と、原発事故の現場をはじめ、復興に尽力しておられる方々に、み仏のご加護がありますよう心よりお祈り申し上げます。





〈ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず〉

 僧侶への質問コーナーhasunohaに寄せられた質問の骨子です。

「彼との別れですべてが終わりました」

 当山からの回答です。

「終わった〈こと〉、終わらない〈人生〉

 貴方様が『すべてが終わりました』と言うしかないところに立っておられるお気持は、お察しします。
 しかし、あくまでもすべてをかけていた〈こと〉が終わったのであり、貴方様の〈人生〉が終わったのではありません。

 かつて、太平洋戦争に出征する学生たちはこう詠みました。
『遂(ト)げ得ざる論文を措(オ)きて卒業す悔(クイ)とし言はばかかる悔のみ』(東京商大 唐津常男)
『本つめし箱に蓋(フタ)すとうちうちて最後の針はねもごろにしぬ』(國學院大學 玉井清文)
『教授室に灯(アカリ)あかあかと書(フミ)よます師がおもかげの沁みて思ほゆ』(金沢医大 佐竹隆三)
 学問にかけていた身が、繰り上げ卒業という形で書物から離れざるを得ず、我が人生はここまでと覚悟を決めたのです。
 そして、多くの方々が散華(サンゲ)された一方で、多くの方々が帰還し、続く〈人生〉を生きられました。
 いかに揶揄(ヤユ)されようと亡くなるまで戦友、英霊への思いを唄い続けた鶴田浩二は、14才の頃から目ざしていた俳優への道を離れ19才で学徒出陣し、海軍航空隊の生き残りとして帰還しました。
 そして、22才で難聴になった左耳をかかえながら生涯、〈こと〉にかけて生きたのです。

 小生も、明確な目的を持った受験に失敗した時、自分の〈人生〉に幕が降りたと痛感しました。
 乗客が絶え間なく行き来する電鉄の駅を眺めると、人々は皆、駅の明かりをバックにした影絵のようにゆらゆらする存在でしかありませんでした。
 電車が通ると激しく揺れる小屋のような居酒屋の二階でお題目を唱える女将を見ていると、まるで小さな子が土管の奧へ奧へと進むように、この世からどこまでも遠ざかって行くように思えました。
 もう、生きようがありませんでした。
 それでも、泣きつつ、笑いつつ、縁に助けられながら生きていると、〈人生〉が続いていたと実感させられる〈こと〉が起こるものです。
 小生は20年後にようやく〈終わった日々〉に終わりを告げ、托鉢から真に生き直しを行いました。
 まったく思いもよらぬ成り行きでした。

 貴方様も、終わったと胸に受けとめつつ生きられれば、いつの日かまたきっと〈こと〉が生じるに違いありません。
 仏神は、まっすぐに受けとめて放さない真摯さが新たな縁を招き、新たな世界が開けるよう見守っていてくださると信じています。合掌」

 鶴田浩二は『名もない男のブルース』で唄いました。
「酔いのまわらぬ グラスを重ね
 ぎゃくに淋しく なるばかり
 誰のせいでも ないけれど」
 ワンパターンのセンチメンタリズムですが、「誰のせいでもない」ものを引き受けつつ、一生、「淋しくなるばかり」の時間をくり返すしかない過去は、誰にでもあるのではないでしょうか。
 そのことが起こった当初は、自分のせいにしたり、相手のせいにしたり、社会のせいにしたり、あるいは親やご先祖様のせいにしたり、といった状態でも、長い時が経つと、本当は誰のせいにもできないことがわかり、あとには淋しさを伴ったやるせなさが残るだけになる場合があります。
 生き別れにしても、死に別れにしても、「なぜ、あの一言が言えなかったのか……」という悔いが残ったりして、数十年前のできごとに関する人生相談やご供養に来る方もおられます。
 
 実に、私たちは何度も何度も、幕を降ろしてはまたいつの間にか次の舞台に立っており、そのうちに意志して、あるいは意志せずに幕を降ろすという作業を続けるものです。
 降ろした時は、人生も終わったと感じますが実際は、そうではないのです。
 しかし、数幕あるというのはあくまでも結果論であり、お迎えがくればそれまでです。
 幕が降りた、あるいは降ろした時点では、悲しんだり、苦しんだり、淋しかったり、諦めたりと、さまざまな感慨を持ちつつ、じっと時の流れを観ているしかありません。
 幕間(マクアイ)の時間もまた、まぎれもなく人生の一部なのですから。
 
 今日の守本尊勢至菩薩様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。
https://www.youtube.com/watch?v=qp8h46u4Ja8



 ご関心のある方は当山のホームページ(http://hourakuji.net/)をご笑覧ください。
 山里の寺から、有縁無縁の方々の、あの世の安心とこの世の幸せを祈っています。合掌

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