コラム

 公開日: 2014-10-04 

「おん」と「うん」の話 ―オウム真理教の失敗と真の仏陀(その1)―

 おはようございます。
 皆さん、今日もお会いできましたね。
 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被災された方々と、原発事故の現場をはじめ、復興に尽力しておられる方々に、み仏のご加護がありますよう心よりお祈り申し上げます。


 仏神へ遍く通じる光明真言についてはこれまで何度も書いてきました。
「おん」に始まり「うん」に終わる真言は修法に欠かせません。
 ちなみに、「おん」には、あらゆるものを捧げ尽くして帰依(キエ)します、という意味があります。
 そして、「うん」には、罪障によってこの世の地獄にいた私たちはたちまち浄土の住人になります、という意味があります。
 もっとも、お大師様はこうした真言に異次元とも言うべき深遠な解釈をしておられますが、ここでは立ち入りません。

 ところで、ラマ・アナガリカ・ゴヴィンダ著『チベット密教の真理』には興味深い記述があります。

「オームを体験するなかで、人は自我性すなわち自らが課している限界の狭い境界を突き破ることによって自らを開き、自身を超え、自らを解放し、そのようにして〈一切〉、つまり〈無限なるもの〉と一体となるのである。」

 オームという帰依の中へ没入すれば、小さな我(ガ)をはるかに超えた境地に達します。
 お大師様は「発心(ホッシン)すればたちまちに到る」と説かれました。
 帰依の心が不動になれば、まっすぐに、到着点へ至るのみです。 

「その状態に留まる限り、彼の個人としての、つまり生き、考え、体験する者としての存在は終わるであろう。
 彼は完全な自己弱滅、完全なる寂静(ジャクジョウ)に達するであろう。」

 仏法が「涅槃(ネハン)は寂静なり」と説くとおりです。
 お釈迦様が悟られた境地には、いかなる苦しみも乱れもなく、安寧の極みだったことでしょう。 

「しかし、同時にまた、自身の内や外におけるあらゆる区別性や個別性に関して、つまり生きて苦しむ一切の衆生に関しても、完全な静止、受動、無感動、無感覚の状態に到るであろう。」

 ここで、何かを思い出しませんか?
 オウム真理教の麻原彰晃そっくりです。
 彼はオームのマントラにかけて、一切の責任からも、弟子たちの悲嘆や悲惨からも、人々の怒りや悲しみや絶望からも縁のないところへ行きました。
 そうした彼が万が一、〈悟り〉的心理に近いところにいるのだとしたら、そんなものにいかなる価値がありましょうか?
 お大師様は「一身の悟りに没入して満足する慈悲なき者は、行者のあるべき姿ではない」と厳しく戒められました。
 ゴヴィンダ師もまた、一見、仏陀らしい特性をいくら備えていても仏陀ではないと説きました。

「それらは彼を預言者とか聖者にはするであろう。
 しかし、仏陀にはしないのである。」

 真の仏陀は「他者の悦びや苦しみを共にする無限な包容力」を持っていなければなりません。

「彼は、自身が人間の過ちや陥穽を経験し、輪廻(サンサーラ)のあらゆる高みと深みを通り過ぎているがゆえに、人が気付かぬうちに精神的な繋がりを感じるような、賢明な友人で慈愛に満ちた先達(センダツ)のような存在である。」

 慈悲の根本は友情です。
 失敗し、苦しむ様々な〈生〉を体験しているがゆえに、他人ごとは一切、ありません。
 生きとし生けるものを友とし、生きとし生けるものに対して、いのちと心の共有者であればこそ仏陀です。

「彼は普遍性の体験から、――一切を焼き尽くし純化するオームの聖なる焰から――完全性の意識、すなわち人と宇宙の統一の知識を失うことなく、人間の地平に立ち戻ったのである。」

 この一文を読み、お釈迦様が法楽に憩う境地から托鉢と説法の生活へと立ち上がられた場面を想像しました。
 成道(ジョウドウ)の5週間後に決意させたのは梵天(ボンテン)という最高神です。
 このままでは世界は闇に閉ざされます、必ず聴く耳を持ち、待っている人々がいますから救いの説法をしてください、と懇請する梵天の存在は、仏教が神々を決してないがしろにせず、共に進む出発点となりました。
 修法は、神々を護法神(ゴボウシン)として祈り、結界(ケッカイ)を結ぶことから始まるのです。

 次回は、オームからフーム(うん)への繋がり、悪魔を打ち破り魔軍を撃退する場面へと移りましょう。

「のうまく さんまんだ ぼだなん あびらうんけん」※今日の守本尊大日如来様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。
https://www.youtube.com/watch?v=LEz1cSpCaXA



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 山里の寺から、有縁無縁の方々の、この世の幸せとあの世の安心を祈っています。

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