コラム

 公開日: 2014-10-23 

ニヒリズムを超える価値は何か? ―噴火の際にジャケットを譲った近江屋洋氏(偉人伝 第199話)―

 おはようございます。
 皆さん、今日もお会いできましたね。
 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被災された方々と、原発事故の現場をはじめ、復興に尽力しておられる方々に、み仏のご加護がありますよう心よりお祈り申し上げます。





〈ニヒリズムと博打の世界を描く池部良主演の映画『乾いた花』〉

 今から50年ほど前、米ソ冷戦の頃は、核兵器の存在が若者たちへニヒリズムを蔓延させた。
 原爆を持った巨大な国家が地球を二分した戦争に入れば、小さな島国日本で営なまれている個々人の日常生活など、たちまちのうちに消し飛んでしまう。
 過激な学生運動も、フォークソングの流行も、『乾いた花』や『昭和残侠伝』などヤクザ映画への喝采も、〈懸けないではいられない〉気持があればこそだった。
 今の日本にもニヒリズムの影が覆い始めている。
 神戸女学院大学の内田樹(タツル)名誉教授は言う。

「いまの日本には、当時の虚無感に近いものを感じます。
 グローバル化によって海外で起きる事件が日本の運命を変えてしまう。
 どこかで株価が暴落したり、国債が投げ売りされたり、テロが起きたり、天変地異があれば、それだけで日々の生活が激変してしまう。
 自分たちの運命を自分たちで決めることができない。
 その無力感が深まっています。」(10月21日の朝日新聞『カジノで考える民主主義』より)

 冷戦時代に若者だった団塊の世代はもう、とっくに〈後に続く者たち〉のために最低、しておかねばならぬ仕事に取りかかり始めている。
 それが〈死後の自分の始末〉である。
「ご先祖様のおかげは重々、認識している。
 供養の心はぜひ、受け継いでもらいたい。
 しかし、それをどう行うかについてはなるべく方法を限定しない形で、お墓という目に見えるものも、供養という目に見えないものもバトンタッチして死にたい。
 次から先の世代は、職業も収入も住居もこれまでの時代より不安定になり、このままでは、最後の頼りである保険や年金もまたどうなるかわからないので……。」
 こうした方々が毎日のように当山を訪ね、安心の形を求めておられる。

 今よりも、後の時代の方が心配であるという理由の大きなものは、内田教授の指摘どおり、グローバリズムに乗った資本主義が行き詰まっており、格差の無慈悲な拡大で明らかなように、人々へ遍く豊かさや幸せ感をもたらさないであろうということが一つ。
 もう一つは、台風や地震などにより世界で最も危険な国とされている日本が巨大台風や巨大地震や巨大噴火に見舞われる可能性が盛んに云々されていることが一つ。
 そして、そうしたものに誘発される原発事故を防ぎ得るということを信じられなくなっていることが一つである。
 その証拠に、資産家たちはすでにマレーシアなどへ〈避難先〉を求め始めている。
 バブル期にタイや韓国などへ別荘を求めた人々が今また、これまでとは異なった性格すなわちニヒリズムによる海外移住を志向し始めている。

 内田教授は、政治におけるニヒリズムの克服法について述べた。

「『金よりも大切なものがある。それは民の安寧である』ということは、飽きるほど言い続ける必要があります」

 民とは民全体であり、特に〈政治の光が本来、最初に当てられるべき人々〉です。
 これは宗教的克服法と通底している。
 よく勘違いされるが、仏教は決して「いのちが一番」などとは説かない。
 むしろ、教授と同じく、こう言いたい。
 モノ金よりも、いのちよりも大切なものがあり、それは霊性であり仏性(ブッショウ)である。
 心のままに任せれば、自分のモノに執着し、自分の金に執着し、自分のいのちに執着し、自他共に決して安寧は得られない。
 隠れがちな霊性や仏性によって導かれるところに自分の安寧も他人の安寧も世界の安寧も得られる。
 そのためには、そもそも、自他に遍く存在する霊性や仏性を感じとり、魂が震え涙を催す経験をしていなければならない。

 さて、10月22日のニュースは一斉に、「返されたジャケット」について報じた。
 御嶽山の噴火で死亡した横浜市中区の会社員近江屋洋氏(26才)が、同じく死亡した豊田市の小学5年生長山照利さん(11才)へ渡したジャケットがようやく、近江屋洋氏の両親へ返されたのである。
 近江屋氏は噴火後、頂上付近の岩陰に避難した際、長山さんが寒いと言うのを聞き、リュックからジャケットを出し、そばにいた女性へ長山さんに着せるよう頼んだ。
 三人はバラバラに避難し、女性一人だけが助かり、真実を伝えた。
 遺体で発見された時の近江屋氏は薄いジャンパーとTシャツ姿であり、父親は「寒くなかったのかな」と言った。
 以下は公式コメントである。
「本日、長野県警よりジャンパーを返していただき、息子の物に間違いないと確認しました。
 切迫した状態のなかで、息子が女の子を守ってあげようとした勇気を褒めてあげたい。
 ただ、特別のことをしたわけではないと思います。
 目の前にけがをした子がいれば、誰であっても同じことをすると思います。
 でも、2人とも生還出来なかったことは、本当に残念で、残念でなりません。
 状況を知るほど悲しみは増します。
 噴火から4週間近くたちますが、なぜあの日に、なぜあの時間に、なぜあの山で等々、まだまだ息子の死を受け入れることができないでおり、気持ちの整理もついておりません。
 どうか、このような心情をご理解いただきたく、よろしくお願いいたします」
 長山さんの父親のコメントである。
「娘のことを思いやってくださり、感謝のことばしかありません。
 臆病な娘で、噴火のあとは怖かったと思いますが、近江屋さんが近くにいてくださったことで安心できたと思います」

 そもそも、自分が困っていても隣人を見捨てておけない日本人のDNAは濃い。

明治23年、オスマントルコ帝国の親善使節団を乗せたエルトゥールル号が和歌山県串本町沖で座礁、587名が犠牲となり、69名が救助された。
 そのおりの様子をウィキベディアはこう記している。

「住民たちは、総出で救助と生存者の介抱に当たった。
 この時、台風により出漁できず、食料の蓄えもわずかだったにもかかわらず、住民は浴衣などの衣類、卵やサツマイモ、それに非常用のニワトリすら供出するなど、生存者たちの救護に努めた。
 この結果、樫野の寺、学校、灯台に収容された69名が救出され、生還することが出来た。」

 これだけで終わらない。
 山田寅次郎なる人物が全国行脚によって義援金を集め、単身、イスタンブールへ渡り、そのまま居住して日本とトルコの貿易に励んだ。
 こうした両国の関係は約100年後、イラン・イラク戦争のおりに、思わぬ形で日本人を救った。
 テヘランの空港に取り残されたままの邦人215人を救うため、万策尽きた駐イラン大使がトルコ大使へ相談したところ、トルコ航空は自国民救援の最終便を増便して、自国民より優先的に日本人全員を帰国させてくれた。
 大使の言葉である。
「直ちに本国に求め、救援機を派遣させましょう。
 トルコ人なら誰でもエルトゥールル号遭難の際に受けた恩義を知っています。
 ご恩返しをいたします」(マンリオ・カデロ著『だから日本人は世界から尊敬される』より)

 また、献身的に行動する日本人のDNAは濃い。

 戦わぬ覚悟で出兵したイラク戦争でも、自衛隊のはたらきぶりは地域住民の尊敬と感謝を集めた。
 野営地にロケット砲が打ち込まれた時のことである。
「真っ先に多数のイラク人たちが訪れて謝罪したと聞きます」
「自衛隊が任務を終了し、撤収を始めると大勢のイラク人が集まり、騒ぎ始めました。
 しかし、その内容たるや自衛隊への感謝の言葉でした。
『帰らないでくれ』と書かれたプラカードまであったそうです」(『だから日本人は世界から尊敬される』より)
 自衛隊員の文字どおり献身的なはたらきぶりは東日本大震災のおりにも、いかんなく発揮された。
 被災者には炊きたての温かいご飯や味噌汁やおかずを配り、自分たちは野戦用の缶詰を食べた。
 まず、被災者が全員入ったことを確かめないうちはお風呂を使わなかった。
 感謝は広がり、原発事故のあった福島県では、福島市立青木小学校6年生の広野あみさん(12才)と4年生の諒君(10才)が、雨の日も風の日も平日の午前6時20分と午後4時半、国道114号に立ち、自衛隊や警察などの車両へ「いつもありがとう」「おかえり!!」といったメッセージの書かれた紙を掲げて感謝した。

 私たちの胸が熱くなる時は、霊性が活性化している。
 活性化させてくださる相手は生者であり、死者である。
 いかなるニヒリズムにもかかわらず、霊性はこの世にもあの世にも遍く満ちている。
 感謝、感謝である。

 今日の守本尊文殊菩薩様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。
https://www.youtube.com/watch?v=WCO8x2q3oeM



 ご関心のある方は当山のホームページ(http://hourakuji.net/)をご笑覧ください。
 山里の寺から、有縁無縁の方々の、あの世の安心とこの世の幸せを祈っています。

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