コラム

 公開日: 2014-10-31 

輪廻思想は仏教の根幹 ―愚かしき〈この生〉を繰り返す恐ろしさ―

 おはようございます。
 皆さん、今日もお会いできましたね。
 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被災された方々と、原発事故の現場をはじめ、復興に尽力しておられる方々に、み仏のご加護がありますよう心よりお祈り申し上げます。




 待ちに待った論考が登場した。
 國學院大學教授宮元啓一博士著『ブッダが考えたこと』である。
 平成16年に春秋社より発行され、平成22年には第8刷となっている。

 その第一章は「輪廻(リンネ)思想と出家の出現」である。
 冒頭の一節である。

「インドでは、輪廻思想は、唯物論者を除いて、すべての宗教思想、哲学が前提とする考え方である。
 仏教もその例外ではない」

 およそ輪廻という考え方がなければ、仏教は登場しなかったはずである。
 お釈迦様は、苦なる私たちが輪廻せざるを得ないからこそ、何とかしないではいられず、すべてを捨てて探求の道へ入られたに違いない。
 事実、日本の伝統的仏教は輪廻を前提として修行し、祈ってきた。
 しかし、明治維新によって西洋的思考法が入り、様相は一変した。

「明治時代、西洋近代文明を尺度とした開化、啓蒙運動が展開された。
 そのなかで、迷信打破の運動も活発になった」

「仏教界における迷信打破運動のひとつは、輪廻思想に向けられた。
 死んだら何かに生まれ変わるというのは非科学的であり、地獄や極楽など、誰も見たことのないものがあるとする根拠は何もない」

 そして、お釈迦様がそんな荒唐無稽なことを言われたはずはなく、後世の仏教徒たちが大衆迎合の道具として勝手に採り入れたに違いないという見方が喧伝された。

「仏教は本来、輪廻思想を否定するものだったという考え方は、日本の知識人たちの頭にかなり深く刻み込まれ、今日に至っている」

 博士は典型的な例を挙げる。
 キリスト教神学の高尾利数博士は、古い仏典にある「輪廻的な生存がなくなった」という言葉をもって、お釈迦様が〈輪廻思想を認めていなかった証拠〉であるとした。
 これには驚いた。
 前後を読めば、ついに輪廻から解脱した、という意味以外にはあり得ないからである。
 宮元博士は手厳しい。

「端からゴータマ・ブッダは輪廻思想を認めなかったという強い思いこみがあり、ごく簡単な経典の文言すらもまともに読めなくなっているということである」

「日本の仏教学者の最大の問題点のひとつは、彼らが、インドに生まれた仏教を、インド思想のなかでとらえる努力をほとんどせず、仏教に始まり仏教に終わる研究に専心し、そのため、樹を見て森を見ずの状態にいることである」

「輪廻思想が成立してこそ、解脱(ゲダツ)へのあこがれが生まれ、出家という独特の生活形態をもつ一群の人々が登場するようになる」

 輪廻とは、廻る輪のように生まれ変わり死に変わりを繰り返すことである。
 自分の中にあるつまらぬ考え方や悪しき欲望や愚かしい発言や行動、そして、傷つけ、騙し、殺し合い、自分勝手に生きる人間が構成する社会の様相は、〈これが永遠に繰り返される〉と思えば、限りなく恐ろしい。
 インドの人々は古来、この恐れを強く感じ、どうしたら抜け出せるかを真摯に探求してきた。
 だから、お釈迦様の時代には、すでに高度な哲学思想が現れていた。
 お釈迦様は最終的に問題を解決できる思想にも修行にもめぐり会えず、ついに独特の思想と修行方法にたどりつかれた。
 そして、「不死」に至ったと宣言されたのである。

「輪廻の世界とは、実存的な製造(生、生活)の世界である。
 したがって、解脱するとは、生存の世界から究極的に脱却することである」

「解脱した者は、今生(コンジョウ)の生存を終えてから、決して再び何かに生まれ変わることがないとされる。
 つまり、解脱とは、生を永遠に捨てることにほかならない。
 生まれ変わることがもはやないから不生ともいえるし、再び死ぬことがないから不死ともいえる」

 お釈迦様は、輪廻する生存状況と格闘し、ついに輪廻せずに済むところに至ったからこそ「不死」とされた。
 
 このように、輪廻を前提としない仏教はあり得ないのである。
 輪廻からの脱却を目的とするからこそ仏教の修行は成立しており、輪廻を意識しない出家者つまり、僧侶もあり得ない。
 お釈迦様の問題意識がどこにあったか、そして自分の問題意識はどこにあるか、よく考えてみたい。

 今日の守本尊阿弥陀如来様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。
https://www.youtube.com/watch?v=4OCvhacDR7Y



 ご関心のある方は当山のホームページ(http://hourakuji.net/)をご笑覧ください。
 山里の寺から、有縁無縁の方々の、あの世の安心とこの世の幸せを祈っています。

この記事を書いたプロ

大師山 法楽寺 [ホームページ]

遠藤龍地

宮城県黒川郡大和町宮床字兎野1-11-1 [地図]
TEL:022-346-2106

  • 問い合わせ
  • 資料請求

このコラムを読んでよかったと思ったら、クリックしてください。

「よかった」ボタンをクリックして、あなたがいいと思ったコラムを評価しましょう。

0

こちらの関連するコラムもお読みください。

<< 前のコラム 次のコラム >>
最近投稿されたコラムを読む
Q&A
セミナー・イベント
お客様の声

○Aさん(中年女性)の場合 心身の不調を縁としてご加持を受け、自分の願いが通じると実感されました。 そして祈り方を覚え、商売や家庭にさまざまな問題を抱えなが...

 
このプロの紹介記事
遠藤龍地 えんどうりゅうち

人々が集い、拠り所となる本来の“寺”をめざして(1/3)

 七つ森を望む大和町の静かな山里に「大師山 法楽寺」はあります。2009年8月に建立されたばかりという真新しい本堂には、線香と新しい畳のいい香りが漂います。穏やかな笑顔で出迎えてくれた住職の遠藤龍地さんにはある願いがありました。それは「今の...

遠藤龍地プロに相談してみよう!

河北新報社 マイベストプロ

宗教宗派を問わず人生相談、ご祈祷、ご葬儀、ご供養、埋骨が可能

所属 : 大師山 法楽寺
住所 : 宮城県黒川郡大和町宮床字兎野1-11-1 [地図]
TEL : 022-346-2106

プロへのお問い合わせ

マイベストプロを見たと言うとスムーズです

022-346-2106

勧誘を目的とした営業行為の上記電話番号によるお問合せはお断りしております。

遠藤龍地(えんどうりゅうち)

大師山 法楽寺

アクセスマップ

このプロにメールで問い合わせる このプロに資料を請求する
プロのおすすめコラム
村上春樹氏の「影と生きる」に想う ─影が反逆し始めた世界─
イメージ

 おはようございます。 皆さん、今日もお会いできましたね。 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被...

[ 世間は万華鏡 ]

自衛隊員の本音 ─出征する覚悟、辞める無念─
イメージ

 おはようございます。 皆さん、今日もお会いできましたね。 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被...

[ 不戦堂建立への道 ]

12月の守本尊様は千手観音菩薩です ─救われる時─
イメージ

 皆さん、今日もお会いできましたね。 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被災された方々と、原発事故...

[ 今月の守本尊様・真言・聖語 ]

Q&A(その32)自業自得なら廻向で救われない? ─因果応報と空の話─
イメージ

 皆さん、今日もお会いできましたね。 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被災された方々と、原発事故...

[ 仏教・密教 ]

一年と一周忌供養 ─あの世でもこの世でも救われる話─
イメージ

 おはようございます。 皆さん、今日もお会いできましたね。 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被...

[ 葬儀・供養の安心 ]

コラム一覧を見る

スマホで見る

モバイルQRコード このプロの紹介ページはスマートフォンでもご覧いただけます。 バーコード読み取り機能で、左の二次元バーコードを読み取ってください。

ページの先頭へ