コラム

 公開日: 2014-12-17 

現代人へストレスをもたらしているものの正体は? ―〈仲間〉について考える―

 おはようございます。
 皆さん、今日もお会いできましたね。
 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被災された方々と、原発事故の現場をはじめ、復興に尽力しておられる方々に、み仏のご加護がありますよう心よりお祈り申し上げます。





〈雪深い加美町宮崎で20年以上の歳月をかけ、試行錯誤を続けてきた合鴨農法のグループがあります〉

 ご縁のAさんから、こんな話を聴きました。
 Aさんは仲間たちと共同で田んぼをやっていますが、慢性的悩みは当山の『法楽農園』と同じく、実際に汗を流す人員の確保です。
 ある時、Aさんが予定していた作業を代わってもらいたいと思い、仲間に相談したところ、めったにない頼みであるにもかかわらず、にべもなく断られました。
 人が良く、無償で汗を流すことを厭わないAさんは気づいたそうです。
「ああ、この人は〈仲間〉じゃないんだ……」
 Aさんはそれっきり黙りましたが、かつて、無一文になった小生には沈黙の意味がよくわかり、胸に異様なざわめきを覚えながら「そうですか」と小声で応えるしかありませんでした。

 立教大学特任教授の平川克美氏は著書「『消費者』をやめる」において、興した会社が経営危機に陥った時の体験を述べています。

「~かれらを仲間だと思っていた」
「こちらが困った時は助けてくれる……、と思っていたら、それは単なる淡い期待でしかありませんでした。」
「おカネに困り、おカネが喉から手が出るほど欲しいと思えば思うほど、おカネがどんどん逃げていきます。
 おカネでおカネを増やす世界でずっと働き続ける人たちは、いったいどういう人種なのだろうと、自分との違いを感じざるを得ません。
 そして、おカネを求めてわたしのところに群がってきた、どこぞのMBAの取得者たちは、カネ回りの悪くなった会社から、我先にと逃げていきました。
 『ツラいときこそ一緒にやるんじゃないの』と引き留めても、『こんな会社に未来はない』と捨て台詞を残して去っていった者もありました。」
「カネで集まってきた連中は、カネがなくなれば去っていくという単純な事実」

 そのとおりです。
 しかし、「カネで集まってきた連中」でない〈仲間〉は違います。
 小生が失敗したおりには、幾人もの仲間が、自分も傷を負いながら、自分へ傷を与えつつ深手を負い倒れた仲間を仲間のままで認めてくれました。
 その時代を思い出すと、今なお、こみ上げてくるものがあります。

 平川克美氏は、前掲著において、日本がこれほどまでに格差の拡大と先行きの不安に苦しむ国家となってしまった成り行きを解き明かしました。
 その中の「『経済成長しない社会』が必要」の項で、ウルグアイのホセ・ムヒカ大統領の言葉が紹介されています。

「ドイツ人が1世帯で持つ車と同じ数の車をインド人が持てばこの惑星はどうなるのでしょうか?」

 かつてローマ・クラブが「成長の限界」を訴えてから42年、「限界を超えて-生きるための選択」を提唱してから24年が経ちました。
 しかし、今なお、国民国家を超えたグローバル企業は「富める者がより豊かになれば、大木から雫が滴り落ちるように、貧しい者にも自然と富が行き渡る」というトリクルダウンが有効であると主張し、「大量生産、大量消費のシステム」を世界中へ強制しつつ、地球の持つ資源が限界まで絞り尽くされ、発展途上国の人口増加が止まるまで、富の寡占へ突き進もうとしています。
 
 ホセ・ムヒカ大統領の言葉は悲痛です。

「このような残酷な競争で成り立つ消費主義社会で『みんなの世界を良くしていこう』というような共存共栄な議論はできるのでしょうか?
 どこまでが仲間でどこからがライバルなのですか?」

 大統領が言う「仲間」とは血の通った人間同士であり、心が通い合う人間同士を指します。
 もちろん、そこでしか真の「共存共栄」は成り立ちません。
 しかし、消費主義社会を推進するグローバル企業の目的はただ一つ、自分の富の無限増大であり、「仲間」や「共存共栄」といった言葉は、そのための手段にはなろうと、「ツラいときこそ一緒にやる」といった実体を伴うことはあり得ません。

 思えば、これほどまでに心に病を抱える人々が多くなったのは、自然界の一部である人間から〈生きものとしての自然〉が限度を超えて消えつつあるからではないでしょうか?
 人間以外の生きものはすべて、〈自分たち〉に適した環境に住み、食物連鎖も含めて共存共栄しています。
 しかし、人間だけが生きものとしてのあらゆる環境条件を個々の自由意志で変え、選択しつつ生きています。
 しかも、〈自分たち〉から限りなく離れ、〈自分だけ〉の自由意志で生きられると思っています。
 それは〈仲間〉を不要とすることです。
 でも、自然界には〈仲間〉のいない生きものはいません。
 現代人のいわゆるストレスの根本は、自然界の存在でありながら、生きるために必須の〈仲間〉から限りなく切り離されつつある危機の顕れではないでしょうか?

 Aさんとは、来年も〈仲間〉としてやります。
 目と目で確認し合い、確信し合いました。
 当山の『法楽農園』に期待するところ大なるものがあります。

 今日の守本尊阿弥陀如来様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。
https://www.youtube.com/watch?v=4OCvhacDR7Y


 ご関心のある方は当山のホームページ(http://hourakuji.net/)をご笑覧ください。
 山里の寺から、有縁無縁の方々の、あの世の安心とこの世の幸せを祈っています。

この記事を書いたプロ

大師山 法楽寺 [ホームページ]

遠藤龍地

宮城県黒川郡大和町宮床字兎野1-11-1 [地図]
TEL:022-346-2106

  • 問い合わせ
  • 資料請求

このコラムを読んでよかったと思ったら、クリックしてください。

「よかった」ボタンをクリックして、あなたがいいと思ったコラムを評価しましょう。

0

こちらの関連するコラムもお読みください。

<< 前のコラム 次のコラム >>
最近投稿されたコラムを読む
Q&A
セミナー・イベント
お客様の声

○Aさん(中年女性)の場合 心身の不調を縁としてご加持を受け、自分の願いが通じると実感されました。 そして祈り方を覚え、商売や家庭にさまざまな問題を抱えなが...

 
このプロの紹介記事
遠藤龍地 えんどうりゅうち

人々が集い、拠り所となる本来の“寺”をめざして(1/3)

 七つ森を望む大和町の静かな山里に「大師山 法楽寺」はあります。2009年8月に建立されたばかりという真新しい本堂には、線香と新しい畳のいい香りが漂います。穏やかな笑顔で出迎えてくれた住職の遠藤龍地さんにはある願いがありました。それは「今の...

遠藤龍地プロに相談してみよう!

河北新報社 マイベストプロ

宗教宗派を問わず人生相談、ご祈祷、ご葬儀、ご供養、埋骨が可能

所属 : 大師山 法楽寺
住所 : 宮城県黒川郡大和町宮床字兎野1-11-1 [地図]
TEL : 022-346-2106

プロへのお問い合わせ

マイベストプロを見たと言うとスムーズです

022-346-2106

勧誘を目的とした営業行為の上記電話番号によるお問合せはお断りしております。

遠藤龍地(えんどうりゅうち)

大師山 法楽寺

アクセスマップ

このプロにメールで問い合わせる このプロに資料を請求する
プロのおすすめコラム
村上春樹氏の「影と生きる」に想う ─影が反逆し始めた世界─
イメージ

 おはようございます。 皆さん、今日もお会いできましたね。 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被...

[ 世間は万華鏡 ]

自衛隊員の本音 ─出征する覚悟、辞める無念─
イメージ

 おはようございます。 皆さん、今日もお会いできましたね。 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被...

[ 不戦堂建立への道 ]

12月の守本尊様は千手観音菩薩です ─救われる時─
イメージ

 皆さん、今日もお会いできましたね。 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被災された方々と、原発事故...

[ 今月の守本尊様・真言・聖語 ]

Q&A(その32)自業自得なら廻向で救われない? ─因果応報と空の話─
イメージ

 皆さん、今日もお会いできましたね。 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被災された方々と、原発事故...

[ 仏教・密教 ]

一年と一周忌供養 ─あの世でもこの世でも救われる話─
イメージ

 おはようございます。 皆さん、今日もお会いできましたね。 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被...

[ 葬儀・供養の安心 ]

コラム一覧を見る

スマホで見る

モバイルQRコード このプロの紹介ページはスマートフォンでもご覧いただけます。 バーコード読み取り機能で、左の二次元バーコードを読み取ってください。

ページの先頭へ