コラム

 公開日: 2014-12-26 

幸福の探求 ―〈今〉が息を吹き返すために―

 おはようございます。
 皆さん、今日もお会いできましたね。
 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被災された方々と、原発事故の現場をはじめ、復興に尽力しておられる方々に、み仏のご加護がありますよう心よりお祈り申し上げます。




 中原文夫の小説『幸福の探求』はそれぞれ一身上の問題を抱えた家族三人が自死を決意するところから始まる。
 夫は会社勤め特有の理不尽な扱いに耐えられず、妻はストレス性の喘息に苦しみ、娘は情緒不安による葛藤が引き金となって引きこもっている。
 こんな三人は家族会議で衆議一決する。
 奥多摩の渓谷で身を投げようというのである。
「手筈を決めた時、三人とも胸のつかえが下りたようで、とても晴れやかな心持ちだった。」

 ところが、古い吊り橋を見つけて渡り始めた時、不意にバランスを崩した三人は恐怖のあまりへたり込み、戻れなくなる。
 そこに現れた白髪の老人から言われる。
「あんたら、肉眼で見るから動きが取れんのだよ。
 さあ、目を瞑って心眼で歩いてみい」
 
 助かった三人はやがて、老人の言葉を思い出し、「万物研究所主宰・幸福学博士 山本杉作」と書かれた名刺を頼りに訪ねてみる。
「死ぬつもりになったんやら、わしの研究所に遊びに来てみろや」
 そして、帰宅する背に老人から言葉を受けた。
「まあ、見てみい。
 今に上向いて来るでな」

 三年後、それぞれの運勢は確かに上向き、「別天地」のようになっていたが、忙しい家族がようやく、ゆっくりと談笑している時、思わぬ事態になった。
 せっかく「夢のある話で盛り上がったは、次第に湿っぽくやってゆく」のだ。
 それぞれ、苦労や文句や不満や不安を抱えていることが顕わになる。
 夫は思う。
「自分たちは大変な思い上がりをしているのではないか」
「窮地を脱してそれなりの安穏を得ても、すぐにあらたな不満が持ち上がるのだから、人間というのはわがままなものだ。」
 そして、衆議一決した。
「辛い時は、一番惨めだった頃を思い浮かべればいい」
「もう一度、奥多摩に行ってみようか。
 あそこで俺たち、現在のしあわせをつくづく噛みしめるといいんだ。」
 いつしか、運勢が上向いて嬉しいはずの〈今〉が、「辛い時」になってしまっている。

 吊り橋は、こんな気持で渡り始められる。
「やっぱり今は幸せなんだ。
 つまんないことで、こぼしたりするのは馬鹿みたいだよな」
 しかし、意外な展開が始まる。
「三年前の苦しみなんて、今味わっている苦しみに比べたら印象も薄いし、ただ懐かしいだけだわ」
「今にしておもえば案外恵まれていたような気もするの」
「どうしてあたしたち、あの頃より今のほうが幸せだと、わざわざここまで来て自分に言い聞かせなきゃいけないのかしらね」
「決まってるじゃない。
 自信がないからよ。
 やっぱりあの頃のほうがよかったんだわ」
 ついに三人は同じ言葉を吐く。
「あの頃に帰りたい!」

 そして夢うつつに、あの老人の言葉を聴く。
「あんたら本当は、昔の自分を憐れんで蔑むためにここへ来たっち」

 やがて物語はどんでん返しとなり、老人と向き合った夫は気がつく。
「三年先から見たら、今の苦しみも、あの頃はよかったっていうことになる……。
 どんな仕掛けだか知らないけれど、つまり、そういうことなんでしょう」

 老人は訊ねる。
「ところであんたら、死ぬのはどうした」
 妻は、ぶり返した喘息の発作の中で答える。
「取りあえずもう少し生きてみますわ」
 足どり軽く老人のもとを去る三人の前に、「凛とした冬晴れの空」が広がっていた。

 当山にも、「もう、生きられない」といったご相談がある。
 何とかして「もう少し生きて」みていただきたい。
 生きてさえいれば、やがては、いかに辛い〈今〉も思い出になり、違った趣で〈今〉を支えるようになる可能性を持っている。
 これまで、〈過去の因縁〉に苦しむ方々のために人生相談に応じ、ご祈祷やご加持などを行ってきた。
 確かに、抗しきれず押し潰されそうになる過去もあるが、智慧や汗やご加護によって過去を昇華させ、〈今〉が息を吹き返した時の感激はたとえようがない。
 この年末をどう過ごせばよいか悩んでおられる方々へ、作品社発行の『神隠し』へ収録されているこの作品をお勧めしたい。

「のうまく さんまんだ ぼだなん あびらうんけん」※今日の守本尊大日如来様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。
https://www.youtube.com/watch?v=LEz1cSpCaXA


 ご関心のある方は当山のホームページ(http://hourakuji.net/)をご笑覧ください。
 山里の寺から、有縁無縁の方々の、この世の幸せとあの世の安心を祈っています。

この記事を書いたプロ

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