コラム

 公開日: 2015-01-10 

第五十九回寺子屋『法楽館』 ─普段の救いと死ぬ時の救い─

 おはようございます。
 皆さん、今日もお会いできましたね。
 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被災された方々と、原発事故の現場をはじめ、復興に尽力しておられる方々に、み仏のご加護がありますよう心よりお祈り申し上げます。





〈絶滅の危機を脱しつつあるシジュウカラガン(河北新報様よりお借りして加工しました)〉

 平成26年8月9日の「第五十四回寺子屋『法楽館』」において「懺悔と救い」と題し、短いテキスト『安心章』についてお話ししましたが、今回は、12章に分かれた詳しいテキストについて、わかりやすいお話と自由な質疑応答などを行います。

・日   時:平成27年1月10日(土)午後1時30分より3時30分まで
・場   所:法楽寺講堂
・ご志納金:千円(中学生以下は五百円)
・送   迎:午後1時に地下鉄泉中央駅そばの「イズミティ21」前から送迎車が出ます。乗車希望の方は、必ず前日午後5時までに電話などにてお申し込みください。

 今回は『安心章』の第六章と第七章について、簡単に記しておきます。

6 加持(カジ)感応(カンノウ)

 前回まで、大日如来と阿弥陀如来のお救いについて述べましたが、次に、その道筋、道理について書かれている章を読んでみます。
 
「仏と同等に住することを得るは、これ偏(ヒトエ)に大日如来の加持力(カジリキ)による」

 私たちが、み仏の子である本来的な存在になって救われるのは、根本仏である大日如来が加持(カジ)してくださるからです。
 加持の「加」は「往来摂入(オウライショウニュウ)」と言い、み仏の光明が凡夫へと入りこんでくださることです。
 また「持」は「摂持不散(ショウジフサン)」と言い、信心する私たちがそれを受け取り、しっかりと保つことです。

 こうした一連の流れは三力(サンリキ)として説かれます。

「我が功徳力(クドクリキ)をもってのゆえに、如来の加持力(カジリキ)をもってのゆえに、及び法界力(ホウカイリキ)をもってのゆえに、速やかに不思議の業用(ゴウヨウ)を成就すべし」

 み仏に対する純粋な信心という自分の徳がなければ何も始まりません。
 そうした徳ある者は、み仏から発せられている加持のお力を感得できます。
 こうした因縁に加わってよき願いを成就させる決め手となるのが「法界力」です。
 それは地・水・火・風・空・識の6つが互いにつながり溶け合って醸し出す宇宙的エネルギーとも言うべき力です。
 つまり、精進すれば、み仏は見捨てず、周囲の不思議な縁も力となり、大願成就へと進めるのです。

 そうした状態になれば、「心」すなわち真実世界を目ざすまごころと、「虚空」すなわちあらゆるものを妨げず汚さない無限の場と、み仏の無限の智慧が一つになります。

「心と虚空(コクウ)と菩提(ボダイ)と無二なり」

 そして、ありありとみ仏のご加護を感じとる瞬間が来るのです。

 私たちが至心に真言を唱えれば、知らず知らずのうちに、み仏の慈悲心と感応し合い、ご守護を得て、無限の過去から積み重ねてきた罪業や悪行の汚れも自然に消滅します。
 無限の慈悲心に満ちたみ仏の世界が、本来の仏心を活性化させた自分の心へ、あたかも満月が澄んだ湖水へ映るように顕れます。
 これが、影から現れてくださるようなみ仏のご来臨(ライリン)です。

 また、死ぬ間際に真実世界を目ざすまごころそのものになれば、無明(ムミョウ)や煩悩(ボンノウ)から解放され切ったみ仏の広大でお慈悲に満ちた世界を感得し、お迎えに来てくださるみ仏のお姿を見ることさえあり得ます。
 これが来迎(ライゴウ)のみ仏とされるもので、昔は阿弥陀様がお迎えに来られる様子を書いた掛け軸などを枕元へ掛け、時には掛け軸や仏像から伸びた紐を握って臨終を迎えました。

「我等が念唱(ネンショウ)する一返の真言も知らず識(シ)らず諸仏の大悲(ダイヒ)と相応し、護持せられて、永劫(エイゴウ)の罪垢(ザイク)もおのづから消滅し、大悲(ダイヒ)法身(ホッシン)の影、自心本覚(ホンガク)の心水(シンスイ)に浮かぶを影向(ヨウゴウ)の仏と言い、臨終(リンジュウ)一念の浄心(ジョウシン)に無尽(ムジン)の境界(キョウガイ)を感見(カンケン)するを来迎(ライゴウ)の仏と言う」

 仏教経典に書かれている話から、古来、とても稀なできごとは「盲亀(モウキ)の浮木(フボク)」と言われてきました。
 大海の底に住んで百年に一度だけ海面へ姿を見せる亀が、たまたま、浮かんでいた木片に開いていた穴へ頭を突っこむというできごとは、想像を絶するほどゼロに等しい確率でしか生じません。
 私たちが万物の霊長としてこの世へ生を承け、こうした教えに巡り会うのは、盲亀の浮木に等しいほど稀なできごとであるのかも知れません。
 だから、この機会を逸することなく、学び、考え、精進したいものです。

7 最後用心

 私たちは必ず死を迎えます。
 のほほんと暮らし、いざ、〈その時〉が来てから慌てても、何もかもが間に合いません。
 自分の過去を常に省み、善悪もろもろの業(ゴウ…行いにふさわしい結果を必ず生じる影響力)がいかなる未来をこの世で、そしてあの世で、あるいは来世でもたらされるか、よく考えてみる時間を持ちたいものです。
 因果応報(インガオウホウ)の道理は、この世とあの世とを問いません。
 因果応報のはたらきからは誰も、何一つ、逃れられず、この世でやったことが、あの世へ影響を及ぼさないはずはなく、私たちが特定の存在としてこの世に生まれた原因は過去世にしかないのです。

 私たちは因と果の糸をすべて見通す能力を持っていないがゆえに、平気で悪行(アクギョウ)に走ります。
 この愚かさや未熟さや限界をよく見つめる人は必ず、謙虚で、精進する人になります。
 1月8日付の朝日新聞は、京大iPS細胞研究所長山中伸弥氏の「開発止まった薬を『』させたい」を掲載しました。
 目の難病でiPS細胞を用いた治療を成功させ、再生医療元年とまで称された技術について、氏は慎重です。

「体内の細胞でも、遺伝子の配列は徐々に変わっていくことがわかってきている。
 その中で(安全かどうか)判断を求められる。
 どこまでが許され、どこからがダメか、まだ誰も答を知らない。」

「ゲノム(全遺伝情報)のデータから腫瘍(シュヨウ)の危険性を予測するのは、まだ誰も答を知らない現在進行形の科学。」

 そして、全く違う病気の薬が難病に効く可能性をiPS細胞で見出していることについても舞い上がりません。

「薬はゼロから出発すると莫大な費用と時間がかかる。
 これを契機に。既存の薬に加え、安全性に問題はなかったが効果があまりなくて開発が止まった薬を試していきたい。」

 小保方晴子氏の問題についても、まったくぶれません。

「科学に対する信頼が、かなり失われているかもしれない。
 そういうものを払拭していくには、ちゃんといい成果を出すことしかない。
 時間はかかるが、着実にがんばりたい。」

 自分の愚かさや未熟さや限界を見つめれば、〈その時のこと〉や〈後のこと〉を考えないではいられません。

「生者必滅(ショウジャヒツメツ…生まれた者には必ず死が訪れる)は娑婆の理、会者定離(エシャジョウリ…会った者とは必ず別れる時が来る)は人生の常なれば、明日をも知れぬこの命ゆえ、深く後生(ゴショウ)の大事を心にかけざるべからず」

 さて、死を迎えた自分がどのような状態になるかは、誰にもわかりません。
 常に何も考えないで暮らしている人はもちろん、自分は心構えができていると思っている人でも、いざ、〈その場〉になれば惑乱の暴風に翻弄されるかも知れません。

「最後臨終(リンジュウ)の時分は断末魔(ダンマツマ)の苦あれば、心身共に乱れて念誦(ネンジュ)相続意(イ)のごとくならざるものなり。」

 乱れの中で、光明真言も、大日如来の真言も唱えられないかも知れません。
 ではどうすればよいか?
 答は密教瞑想の阿字観(アジカン)にあります。

「阿字(アジ)の如来は法爾(ホウニ)これを摂取(ショウジュ)して洩らすことなければ、我等はただ、この阿字を観すべきなり。」

 阿字で表される大日如来は、常にこの世のあるがままで真実世界を表しておられ、一人ももらさずお救いくださるので、私たちはとにもかくにも「阿」を心に思い浮かべれば、必ず安心世界へ入られます。
 そもそも、私たちが生きているのは呼吸をしているからであり、吐く息にも吸う息にも、大日如来たる宇宙生命のいのち、無限の過去から未来へとつながるいのちが宿っています。
 無始無終の真実世界を表す阿の文字を思い浮かべ、最後に吐き出す息へも阿の文字を託せば、その息は真実世界へ溶け込み、大空にかかる満月のように光り輝きます。
 だから、私たちは平生(ヘイゼイ)から呼吸に阿字が伴っていることを感得しておきたいものです。
 その稽古、修行が「阿息観(アソクカン)」であり、「阿字観」です。
 こうして、阿字観の瞑想は、普段の心に安心とおさまりをもたらすだけでなく、臨終の時にも又、大いなる救いをもたらすことでしょう。

 なお、ダライ・ラマ法王は、輪廻転生(リンネテンショウ)の原因として、より大きな影響力を持つのは、より死に近い瞬間における心の状態であると説かれており、その意味でも最後に自分の呼吸を阿字と一体にすることは重大な意味を持つものと想われます。
 興教大師もまた、説かれました。

「一切の生きとし生けるものを救うため、至心に発願し、功徳(クドク)による救いを深く信じて回向(エコウ…回し向ける)せよ。
 臨終の者へは、何としても極楽往生を遂げさせるため、あらゆる善根(ゼンコン…善き結果をもたらす影響力)をもって回向せよ」

 引導(インドウ)を渡し善根を回向するご葬儀の意義は、実に大なるものがあります。
 臨終に間に合わなかったご家族がようやく駆けつけた枕元で光明真言の法を結んだ瞬間、死者が大きく息を吐く音が聞こえ、一同、驚き、ありがたさに涙したことがあります。
 自らいのちを断った方のために阿字をお授けした瞬間、お骨の周辺から射した後光に、皆さん思わず合掌されたこともあります。
 ご葬儀は決して単なる儀式でなく、当然、行っても行わなくても同じであるはずはありません。
 福祉葬、骨葬、家族葬、密葬など、いずれの形であろうと、戒名を受けようと受けまいと、当山では必ず、等しく引導を渡します。
 まごころを込めて逝く人を送る宗教行為とはいかなるものか、よく考えてみたいものです。

 今日の守本尊阿弥陀如来様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。
https://www.youtube.com/watch?v=4OCvhacDR7Y


 ご関心のある方は当山のホームページ(http://hourakuji.net/)をご笑覧ください。
 山里の寺から、有縁無縁の方々の、あの世の安心とこの世の幸せを祈っています。

この記事を書いたプロ

大師山 法楽寺 [ホームページ]

遠藤龍地

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TEL:022-346-2106

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