コラム

 公開日: 2015-01-11 

御霊も生者も救われる真の供養とは ―回向(エコウ)はあの世への応援―

 おはようございます。
 皆さん、今日もお会いできましたね。
 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被災された方々と、原発事故の現場をはじめ、復興に尽力しておられる方々に、み仏のご加護がありますよう心よりお祈り申し上げます。





 ご葬儀と百か日までのご供養を終え、行った法話です。
 
「ただ今、行った修法について、少々、ご報告をさせてください。

 まず、引導(インドウ)をお渡ししました。
 引導の引は『誘引(ユウイン)』の引です。
 導は『勧導(カンドウ)』の導です。
 み仏が極楽へと引き寄せ、勧めてお導きくださるお力へおすがりし、迷わずに、この世からあの世へと逝き切っていただくための修法です。

 そもそも、私たちは、この世に生まれ落ちて後、誰かのお導きなしにこの世を生きることはできません。
 親や親戚縁者、学校の先生、ご近所さん、先輩、上司、あるいはご縁となった各種の師、こうした方々のおかげで一生をまっとうに過ごせます。
 埼玉県川口市のアパートに住む祖父母を殺害し、現金などを奪った18才の少年に対して平成26年12月25日、懲役15年の実刑判決が下りました。
 信じがたいことですが、実の母親から命じられるままに強盗殺人を実行したのです。
 少年は居場所が特定できない居所不明児であり、自分で是非善悪の判断をして行動することが不可能な学習性無力感の状態にありました。
 少年が述懐した『自分のような存在をつくってはいけない』という言葉には、鉛のように重くのしかかってくるものを感じます。
 真の導き手がいなければ、私たちはまっとうに生きられません。
 こうした〈導き手の欠かせない存在〉である私たちが、この世からあの世へと居場所の次元を変える死に際して、自分の力だけで行くべき方向を定めることができましょうか?
 古来、人間はその不安に対して、祈るという方法を講じ、祈り方を工夫し、手順を練ってきました。
 祈りのリーダーは祈りに人生を捧げるプロであることが求められました。
 人種、国家、時代を問わず、文化の根底に死と祈りの問題があったことは否めません。

 現在の日本で行われている仏教の一派として、真言宗では引導の作法が伝えられており、亡くなった方へ引導を確かに渡せるよう修行が続けられ、導師は全身全霊をかけてその一瞬に臨みます。
 外科医が患部を切り取る瞬間にかけるのと何ら変わりありません。
 引導に際し、導師はこうした偈文(ゲモン…詩の形で説かれた教え)を逝く方へお伝えします。

『一切の行は無常なり
 生ずる者は必ず死することあり
 生ぜざれば死せず
 この滅を最楽となす』

 そもそもは、お釈迦様が、育ての親である叔母マカハジャハダイの火葬に際して説かれた教えであるとされています。

 次は、百か日までお導きくださるみ仏の法を結びました。
 それは、初七日のお不動様、二七日のお釈迦様、三七日の文殊様、四七日の普賢様、五七日のお地蔵様、六七日の弥勒(ミロク)様、四十九日のお薬師(ヤクシ)様、そして百か日の観音様です。
 三回忌の阿弥陀様が待っておられる極楽浄土へと確かに進んで行けるよう、祈りました。
 このご供養には二つの面があります。
 一つは、お導きくださるみ仏のご加護です。
 もう一つは、皆さんがまごころで行う回向(エコウ)です。
 回向とは回し向けることですが、一体何を御霊へお渡しするのでしょうか?
 それは、功徳(クドク)です。
 功徳とは、因果応報の理によって善き行いの結果として善きことを引き起こす〈徳ある行為の影響力〉です。

 私たちがまっとうに生き抜くためには、三つの方法が欠かせません。
 一つは、しっかり、まっとうに生きようと揺るがぬ決心をすることです。
 もう一つは、そのためのよりよき方法を求め、実践することです。
 そしてもう一つ欠かせないのは、相手がこの世にいる人や生きものであれ、御霊であれ、誰かのために功徳をふり向けること、すなわち回向することです。
 なぜ回向が欠かせないかと言えば、自分のよりよき未来のために行う善き行為には、自己中心という根源的迷いが潜んでいるからです。
 いわゆる大乗仏教(ダイジョウブッキョウ)の要点はここにあります。
 それは、自分だけが乗れる小さな舟で迷いの岸から悟りの岸へ渡ろうとするのではなく、できるだけ多くの生きとし生けるものと共に、大きなでに乗って旅立とうとする仏教です。
 真言宗も曹洞宗も、現在の日本で実践されているほとんどの伝統仏教は、大乗仏教の流れの中で生じた宗派です。

 では、善き行為の実践方法とは何か?
 これから皆さんがご縁に応じて行う供養のすべてがそれに相当し、僧侶もまた、修行として同じ実践を続けています。
 まず、お線香を捧げるのは、お線香に象徴されるお精進を誓い、精進する姿をあの世から見て安心していただくためです。
 お花を捧げるのは、お花に象徴される忍耐を誓い、耐え忍んで人の道を踏み外さない姿をあの世から見て安心していただくためです。
 お水を捧げるのは、お水に象徴される布施を誓い、見返りを求めず、分け隔てなく誰かのためになる姿をあの世から見て安心していただくためです。
 お灯明を点すのは、お灯明に象徴される自己中心でないみ仏のお智慧をはたらかせ、困った人を見捨てない姿をあの世から見て安心していただくためです。
 食べ物を捧げるのは、食べ物として自分のいのちを差し出す生きとし生けるもののいのちに感謝する姿をあの世から見て安心していただくためです。
 そして、善き行為によって生まれる功徳を、御霊がより安心な世界へと溶け込んで行けるよう、祈りと共に回し向けるのです。

 こうした回向は本当に可能なのか、この世からあの世へ届くのかと、疑問に思う方もきっとおられることでしょう。
 どうぞ、応援を想像してください。
 スポーツであれ、受験であれ、選挙であれ、私たちは『頑張れ!頑張れ!』と誰かを応援します。
 それは、握手をしたり、御守を渡したりする直接的なものに限りません。
 何の縁もない選手が遙かな外国で試合に臨んでいる時、私たちが手に汗を握りながら、あるいは声を嗄らして応援するのはなぜでしょうか?
 心のどこかで〈思いが届き、力になる〉と信じているからに他なりません。
 つまり、応援は、時間や空間を超えて届く思いがあることを信じていればこそ行うのであり、回向もそれとまったく変わりはないのです。
 心の底から、『安心して欲しい』、『成仏して欲しい』と願うならば、目にした一輪の花に忍耐を誓い、『この淋しさ、切なさ、苦しみに負けずしっかり生きて行くから安心してお眠りください』と忍耐の功徳をもって応援すればよいのです。

 こうした宗教行為の大切さや奥深さは、回向によって私たちも又、救われることにあります。
 親や祖父母の死は、ものの順番という無意識の意識によって、ある程度受け入れやすいものです。
 一方、伴侶を失うのは自分の半身を引き裂かれるようなものであり、まして、我が子や孫を失えば、生き方がわからなくなったりもします。
 どうしたらよいかわかりません、という切ない言葉を幾度、耳にしたことか……。
 しかし、きっと、震える手でお線香を点し、涙に霞む目でお位牌の戒名を追いながら合掌することでしょう。
 その時に、み仏の教えを思い出してください。
 辛いけど、このお線香のように何とか精進して行くから、どうぞ安心しておくれ、と心で呟いてみてください。
 きっと、福寿草が咲けば、ああ、生きていれば一緒にこの花を見て、春が来るよ、と言葉を交わせたのにと思うことでしょう。
 その時に、み仏の教えを思い出してください。
 辛いけど、この花のように何とか耐えて立ち上がるから、どうぞ安心しておくれ、と心で呟いてみてください。
 その時、私たちは、先に逝った人が用意してくださった供養という尊い行為の実践によって、確かに救われているのです。
 生きる力を確かに回復させることができるのです。
 実に、供養は、互いに互いを救い合う尊い宗教行為であり、知らぬ間に私たちを損得や好き嫌いといった日常的に起こる煩悩(ボンノウ)から離れさせる根本的救いとなっているのです。

 どうぞ、このことをお心のどこかに留めておき、真の供養を行ってください。
 み仏のご加護がありますよう」



 今日の守本尊阿弥陀如来様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。
https://www.youtube.com/watch?v=4OCvhacDR7Y


 ご関心のある方は当山のホームページ(http://hourakuji.net/)をご笑覧ください。
 山里の寺から、有縁無縁の方々の、あの世の安心とこの世の幸せを祈っています。

この記事を書いたプロ

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遠藤龍地

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