コラム

 公開日: 2015-02-20 

退路を断ち責任を果たす作家辺見庸氏 ――【現代の偉人伝】第204話―

 おはようございます。
 皆さん、今日もお会いできましたね。
 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被災された方々と、原発事故の現場をはじめ、復興に尽力しておられる方々に、み仏のご加護がありますよう心よりお祈り申し上げます。




 作家辺見庸氏(70才)は平成16年、講演中に脳出血で倒れ、翌年には大腸癌に罹っていることを公表した。
 その後も精力的に自らの血で書くような警世の文章を綴っている。
 2月11日、河北新報は、「戦後70年」と題したインタビューを行い、『暗転の兆し「五感で察知を」』を掲載した。
 前文である。
 
「瓶のふた」が開いたように、世界中で暴力が噴出している。
 冷戦時代の再来のようなロシアとウクライナの紛争。
 急速に勢力を伸ばす「イスラム国」の勃興。
 日本人人質殺害やフランス週刊誌銃撃に象徴される過激化するテロの恐怖。
 現代を「歴史的危機」ととらえる作家の辺見庸さんは、暗転の予兆をつかむためには「五感を研ぎ澄ませ」と語った。

 同感である。
 今や戦争が報じられない日はなく、防衛を含め日本が戦争の準備にとりかかる政策について触れられない日もない。
 一方で、私たちは毎日、お茶を飲みながら、あるいは食事を摂りながら、テレビの画面でイスラム国が発信した映像と、イスラム国が爆撃されている映像などを〈普通に〉眺めている。
 チャンネルを変えればもう、大口を開けた大笑いや、元気な人が語る健康食品のコマーシャルが流れ、人間同士が殺し合いをしている現実は一瞬にして意識の外へ放り出される。
 誰と話をしても「イスラム国はけしからん!」「中国はけしからん!」とは言うが、「日本が本当に戦争をしないでいられるだろうか?」と懸念する声はほとんど聞かれない。

―戦後70年の意味をどう考えますか
「戦間期という言葉がある。
 戦争と戦争の谷間にあって戦争のなかった時代という意味だが、第一次世界大戦が終わる1918年から第二次大戦が始まる39年までの約20年間を『第一次戦間期』としたら、第二次大戦が終結した45年から今までを『第二次戦間期』と言えるかどうかに興味がある。
 敗戦後70年たち、これから続く状態が戦争とは逆の平和かどうか、疑わしい。
 現代は日常の中に戦争が混入しているのではないかと思う。」

 私たちが吸う空気にはもはや、戦争が色濃く入りこんできている。
 日本の同盟国アメリカはいつもどこかで戦争を行っており、日本は戦争へ〈平和的に〉荷担する準備を粛々と進めている。
 あとは、国外か国内で自衛隊員がどこかの誰かと砲火を交えるか、もしくは国内でテロが起こるかどうかだけが、私たちの現実感を左右するのみである。

―どういうことですか。
「盧溝橋事件が起きて日中戦争が始まった37年に、世の中が急速に変わる。
 当時の近衛内閣が国民精神総動員実施要綱を閣議決定して、挙国一致で総力戦を戦う精神的支柱を形成する。
 これによって日本人の生き方とか国家観が変えられていくのだが、その始まりとなった37年が戦時として意識されていたかというと、そうでもない。」

 7月7日、日本が中国と実際に戦争を始めても、開かれた後楽園球場では水原茂が初のホームランを放ち、双葉山は横綱に昇進し、日本の空気は〈上昇気運〉一色だった。
 遥かスペインでは、4月26日、ドイツの空軍が古都ゲルニカを爆撃し、無差別空爆の走りとなった。
 3日後にフランス共産党機関誌ユマニテで事実を知ったピカソは5月1日から6月4日の2ヶ月で大作「ゲルニカ」を完成させ、7月のパリ博覧会に展示した。
 ちょうどそこ頃、日本では東京と神戸の間で特急「かもめ」が運行を開始し、沸き立っていたのである。
 それからわずか8年の間に、7000万超の日本人のうち200万を超える軍人と、50万から100万の民間人が死に、日本は連合軍に占領された。
 しかし――。

「当時の新聞紙上からは、戦争に急速に傾いていく危うさが感じられない。」

「日常というのは、急にこの日から崖っぷちですという変化の仕方はしない。
 暗転はゆっくり、大規模にいくわけで、その過程は見ることができない。
 でも敏感に耳を立て、目を見開き、五感を研ぎ澄ませていれば感じることはできると思う。」

 私たちは本当に、戦争をしないという強い意志でそのための方法を模索しているのだろうか?
 戦争をしないとは、敵をつくらないことではないのか?
 いかなる敵対姿勢を見せる者とも粘り強く和解をはかることではないのか?
 私たちはわずか半世紀前、〈悪しき者〉を指さし、「鬼畜米英!」と国を挙げて叫び、糾弾していた。
 今も、誰かを〈悪しき者〉と断定し、鬼畜のごとく蔑み、同じ人間同士という共通の土俵を自ら破壊してはいないだろうか?

「戦後と同じだけ、70才まで生きてきたからには、それなりに責任がある。」

 戦後の時代をずっと生きてきたからには、何らかの形で「責任」を果たしつつ死んでゆきたい。
 辺見庸氏は病身を引きずりながら、その真実を教え、先頭に立つ一人である。

 今日の守本尊文殊菩薩様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。
https://www.youtube.com/watch?v=WCO8x2q3oeM


 ご関心のある方は当山のホームページ(http://hourakuji.net/)をご笑覧ください。
 山里の寺から、有縁無縁の方々の、あの世の安心とこの世の幸せを祈っています。

この記事を書いたプロ

大師山 法楽寺 [ホームページ]

遠藤龍地

宮城県黒川郡大和町宮床字兎野1-11-1 [地図]
TEL:022-346-2106

  • 問い合わせ
  • 資料請求

このコラムを読んでよかったと思ったら、クリックしてください。

「よかった」ボタンをクリックして、あなたがいいと思ったコラムを評価しましょう。

1

こちらの関連するコラムもお読みください。

<< 前のコラム 次のコラム >>
最近投稿されたコラムを読む
Q&A
セミナー・イベント
お客様の声

○Aさん(中年女性)の場合 心身の不調を縁としてご加持を受け、自分の願いが通じると実感されました。 そして祈り方を覚え、商売や家庭にさまざまな問題を抱えなが...

 
このプロの紹介記事
遠藤龍地 えんどうりゅうち

人々が集い、拠り所となる本来の“寺”をめざして(1/3)

 七つ森を望む大和町の静かな山里に「大師山 法楽寺」はあります。2009年8月に建立されたばかりという真新しい本堂には、線香と新しい畳のいい香りが漂います。穏やかな笑顔で出迎えてくれた住職の遠藤龍地さんにはある願いがありました。それは「今の...

遠藤龍地プロに相談してみよう!

河北新報社 マイベストプロ

宗教宗派を問わず人生相談、ご祈祷、ご葬儀、ご供養、埋骨が可能

所属 : 大師山 法楽寺
住所 : 宮城県黒川郡大和町宮床字兎野1-11-1 [地図]
TEL : 022-346-2106

プロへのお問い合わせ

マイベストプロを見たと言うとスムーズです

022-346-2106

勧誘を目的とした営業行為の上記電話番号によるお問合せはお断りしております。

遠藤龍地(えんどうりゅうち)

大師山 法楽寺

アクセスマップ

このプロにメールで問い合わせる このプロに資料を請求する
プロのおすすめコラム
村上春樹氏の「影と生きる」に想う ─影が反逆し始めた世界─
イメージ

 おはようございます。 皆さん、今日もお会いできましたね。 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被...

[ 世間は万華鏡 ]

自衛隊員の本音 ─出征する覚悟、辞める無念─
イメージ

 おはようございます。 皆さん、今日もお会いできましたね。 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被...

[ 不戦堂建立への道 ]

12月の守本尊様は千手観音菩薩です ─救われる時─
イメージ

 皆さん、今日もお会いできましたね。 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被災された方々と、原発事故...

[ 今月の守本尊様・真言・聖語 ]

Q&A(その32)自業自得なら廻向で救われない? ─因果応報と空の話─
イメージ

 皆さん、今日もお会いできましたね。 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被災された方々と、原発事故...

[ 仏教・密教 ]

一年と一周忌供養 ─あの世でもこの世でも救われる話─
イメージ

 おはようございます。 皆さん、今日もお会いできましたね。 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被...

[ 葬儀・供養の安心 ]

コラム一覧を見る

スマホで見る

モバイルQRコード このプロの紹介ページはスマートフォンでもご覧いただけます。 バーコード読み取り機能で、左の二次元バーコードを読み取ってください。

ページの先頭へ