コラム

 公開日: 2015-02-25 

渡世と度世 ―この世の渡り方と彼岸への度し方―

 おはようございます。
 皆さん、今日もお会いできましたね。
 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被災された方々と、原発事故の現場をはじめ、復興に尽力しておられる方々に、み仏のご加護がありますよう心よりお祈り申し上げます。




 高倉健のヤクザ映画では「渡世の義理」が描かれた。
 渡世とは「世」を「渡る」ことであり、渡り方にはその人の価値観が顕れる。
 高倉健が演ずるヤクザは、親分と子分、あるいは義兄弟同士といった人間関係における「義」すなわち正義と、「理」すなわち条理を第一として、家族や男女の情愛に目を瞑(ツム)る生き方を示した。
 不正を許さず、筋目を通すために、主人公はいのちをも捨てた。

 私たちは、正義も条理も知っている一方で、情愛や人情がこまやかにはたらく世界のぬくもりから離れられない。
 そこに葛藤が起こり、前者と後者の板挟みになった場合、いずれを選んでも罪悪感や後悔が生じて苦しむ。
 高倉健が演ずる花田秀次郎は、常に前者を選び、一身の滅びを避けなかった。
 苦渋をぐっと呑み込み、決然と、堂々と、私たち凡人が歩みきれない道を歩んでみせた。

 渡世はこのように、常に二律背反を孕(ハラ)み、「彼方(アチラ)を立てれば此方(コチラ)が立たず」となりやすい。
 英語圏の人々も「It is hard to please all parties.」と悩み、ついには「両方立てれば身が立たぬ」という袋小路に迷い込むかも知れない。
 荒波の立つ海に比されるこの世を渡りきるのは容易でなく、私たちは皆、理と情のはざまでたった一幕のドラマを演じながら一生を生きる。

 一方、仏教には「世を度す」という言葉がある。
 僧侶になるための門を得度(トクド)と称するのは、彼岸すなわち悟りの世界へ度ることを得るからである。
 ご本尊様の前で決意を述べ、戒律に従って生き直すよう誓い、仏弟子としての新たな名前(僧名=法名)を授かる。
 それは、世間的価値観から離れ、み仏に成りきる道であり、生きる指針は二つない。
 仏道という一本道を歩む者には〈理と情のはざま〉は生じない。
 とは言え、いかに山奥で何年修行しようと、それはプロとしてのトレーニングに過ぎず、実践はあくまでも娑婆で救いを求める方々と共に無限の問題に取り組み続ける現場にしかなく、訪れる善男善女の苦悩を共有しようとすれば、波風は立つ。
 たとえば、我が子を失い、四十九日の法要後、黙って涙を流しておられる母親を前にして、いったい、何ができようか。
 自分の心と口から〈み仏の言葉〉が一言、漏れ出るか、あるいは黙ってそばに立てば傷心の方にとって何ごとかであり得るか、あるいは、結局はみ仏へおすがりした修法以外、何もできないか……。
 たった一つの正解など得られようもなく、かつ、求めずにはいられない現場の連続である。
 刃の上を渡りつつ、常に自分の未熟さを思い知らされるのがプロの日常である。
 一本道とは、滑れば足を斬るしかない鋭利な刃の上に用意された決して後戻りできぬ刃渡りである。

 さて、こんな逸話があるという。
 ある時、豪商が一攫千金を狙い、たくさんの手下を引き連れて海へ乗り出す際に、心構えを求めて高名な行者を訪ねた。
 行者は縷々(ルル)、注意を述べ、最後に「もしも心得たものをすべて用いてもどうにもならぬ場合は、瞑目して、み仏を想いなさい」と教えた。
 一同が航海中に、荒天の中で恐ろしい形相の魔ものが現れ、「私よりも恐ろしいものを示すことができなければ、お前たち全てを喰ってしまう」と告げる。
 窮した豪商は教えを思い出し、黙って目を閉じ、やがて魔ものを見つめながら思いもよらぬ言葉を口にする。
「人の心は恐ろしい。
 怨み、憎む心の恐ろしさと比べれば、お前の顔など可愛いものだ」
 魔ものは退散したという。

 二律背反を超え、み仏と一体になる世界では、この世の魔ものは通用しない。
 だからこそ正統な行者は、み仏にすがり魔除けや厄除けや運命転化の修法を行う。
 娑婆の方々もまた合掌し、み仏の世界を想い真言や御宝号を口にする時、逸話の主人公と同じく、二律背反を超えた何かが兆したり、得られたりすることだろう。
 娑婆の「渡世」に迷った時、疲れた時、み仏の「度世」におすがりしてはいかがであろうか。

「のうまく さんまんだ ぼだなん あびらうんけん」※今日の守本尊大日如来様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。
https://www.youtube.com/watch?v=LEz1cSpCaXA


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 山里の寺から、有縁無縁の方々の、この世の幸せとあの世の安心を祈っています。

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