コラム

 公開日: 2015-03-13 

触れるってどういうこと?(その2) ―日常生活に発見する菩薩の世界―

 おはようございます。
 皆さん、今日もお会いできましたね。
 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被災された方々と、原発事故の現場をはじめ、復興に尽力しておられる方々に、み仏のご加護がありますよう心よりお祈り申し上げます。





 前回、書いた。
「触れるのは存在の確認作業であり、全神経がその最前線ではたらいている!
 神経がはたらいている事実はそっくりそのまま、自分という意識の存在を告げている。」
 
 世界と自分の存在感の絶対性が「触」というまごうかたなきものによって証されている。
 絶対性そのものになっている時は、世界も自分もない。
 お大師様は『理趣経(リシュキョウ)』の一節「〈触〉清浄句是菩薩位(触れるという清浄な世界は菩薩の位にある)」の〈触〉を含む「欲・触・愛・慢」の経文について説かれた。

「普賢菩薩(フゲンボサツ)の仏徳を示す四菩薩の境地を明らかにしたものである」

 つまり、「欲・触・愛・慢」の4つはそれぞれ、「欲金剛」「触金剛」「愛金剛」「金剛傲(金剛慢)」という菩薩の境地である。
 では「欲・触・愛・慢」はどういう菩薩なのか?

 今回の〈触〉体験は、それをつかむカギとなった。
 感じた絶対性は、かつて光明皇后が悲田院(ヒデンイン)においてハンセン病の患者を手づから看護された時の感覚に通じているのではないか?
 小生のごとき凡夫は瞬間にしかわからないが、生き仏でおられた皇后は菩薩として〈触〉を通じ、み仏の手で看護しておられたのではないか?
 まさに、金剛のように不壊で不退転の菩薩である。
 凡夫には〈触〉体験が真実の実感でしかないが、皇后にとっての〈触〉は、それを通じてみ仏の智慧と慈悲が具体的にはたらく時であり場でもあったのだろう。
 皇后は「触金剛」そのものだった。

 ならば「欲金剛」とは、生きものとしての人間に付随する根源的意欲が、み仏の智慧と慈悲によってはたらく菩薩に違いない。
 凡夫は、喰う、寝る、儲ける、誉められる、などに汲々としているが、皇后は、一人でも多くの患者を救いたいとの尽きぬ意欲を持つ菩薩だったのだろう。
 そして「愛金剛」とは、無限の包容力と慈悲によってはたらく菩薩に違いない。
 凡夫は、異性に執着し、好き嫌いを尺度として他人を救ったり見捨てたりするが、皇后は、たった一人をも見捨てなかったことだろう。
 そして「金剛慢」とは、哀しみを潜めた微笑に顕れるような深い喜びをもってはたらく菩薩に違いない。
 凡夫は、怒り、泣き、時には笑顔にもなるが、皇后は変わらぬ穏やかな喜悦の相貌によって、常に周囲の誰をも喜びの笑顔にさせ、感謝の心を起こさせたことだろう。

 石屋さんの中には、真冬でも素手で仕事をする方がおられ、作業の様子に思わず合掌してしまう。
 「こうしてお墓が造られるという真実を知ってもらいたい」と願いもする。
 ちなみに、経文「触清浄句是菩薩位」は漢音で「ショクセイセイクシホサイ」と呼ぶ習わしになっている。
 真言宗の寺院で「~クシホサイ」と何度も繰り返すのを耳にしたならば、「ああ、私たちが本来、菩薩であると唱えているんだ」と思っていただければよい。

 司馬遼太郎が『空海の風景』にこう書いたのは、『理趣経』に依って自他が実際に救われる世界で生きている者にとって、あまりの違和感に驚くのみである。
「理趣経に性愛のなまなましい姿態的説明が書かれ、それがとりもなおさず菩薩であるということは、経典が唐音で音読されているためにわれわれはその極彩色的情景を思い描くことなしに済んでいる」
 私たちはキューピットが矢を持っているからといって、実際に矢で射抜かれると想像し、恐怖感を感じるだろうか?
 密教で用いる法具には、昔、インドで武器だった形が採り入れられているものがある。
 しかし、誰も、それで戦をしようとは思わない。
 それを手にする行者によってのみ、その〈形〉は意義を持ち、法具が生き生きとはたらき、修法の場におられる方々は何かを感じられる。

 あと一回、この件について述べてみたい。

 今日の守本尊千手観音様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。
https://www.youtube.com/watch?v=IvMea3W6ZP0



 ご関心のある方は当山のホームページ(http://hourakuji.net/)をご笑覧ください。
 山里の寺から、有縁無縁の方々の、あの世の安心とこの世の幸せを祈っています。

この記事を書いたプロ

大師山 法楽寺 [ホームページ]

遠藤龍地

宮城県黒川郡大和町宮床字兎野1-11-1 [地図]
TEL:022-346-2106

  • 問い合わせ
  • 資料請求

このコラムを読んでよかったと思ったら、クリックしてください。

「よかった」ボタンをクリックして、あなたがいいと思ったコラムを評価しましょう。

0

こちらの関連するコラムもお読みください。

<< 前のコラム 次のコラム >>
最近投稿されたコラムを読む
Q&A
セミナー・イベント
お客様の声

○Aさん(中年女性)の場合 心身の不調を縁としてご加持を受け、自分の願いが通じると実感されました。 そして祈り方を覚え、商売や家庭にさまざまな問題を抱えなが...

 
このプロの紹介記事
遠藤龍地 えんどうりゅうち

人々が集い、拠り所となる本来の“寺”をめざして(1/3)

 七つ森を望む大和町の静かな山里に「大師山 法楽寺」はあります。2009年8月に建立されたばかりという真新しい本堂には、線香と新しい畳のいい香りが漂います。穏やかな笑顔で出迎えてくれた住職の遠藤龍地さんにはある願いがありました。それは「今の...

遠藤龍地プロに相談してみよう!

河北新報社 マイベストプロ

宗教宗派を問わず人生相談、ご祈祷、ご葬儀、ご供養、埋骨が可能

所属 : 大師山 法楽寺
住所 : 宮城県黒川郡大和町宮床字兎野1-11-1 [地図]
TEL : 022-346-2106

プロへのお問い合わせ

マイベストプロを見たと言うとスムーズです

022-346-2106

勧誘を目的とした営業行為の上記電話番号によるお問合せはお断りしております。

遠藤龍地(えんどうりゅうち)

大師山 法楽寺

アクセスマップ

このプロにメールで問い合わせる このプロに資料を請求する
プロのおすすめコラム
村上春樹氏の「影と生きる」に想う ─影が反逆し始めた世界─
イメージ

 おはようございます。 皆さん、今日もお会いできましたね。 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被...

[ 世間は万華鏡 ]

自衛隊員の本音 ─出征する覚悟、辞める無念─
イメージ

 おはようございます。 皆さん、今日もお会いできましたね。 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被...

[ 不戦堂建立への道 ]

12月の守本尊様は千手観音菩薩です ─救われる時─
イメージ

 皆さん、今日もお会いできましたね。 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被災された方々と、原発事故...

[ 今月の守本尊様・真言・聖語 ]

Q&A(その32)自業自得なら廻向で救われない? ─因果応報と空の話─
イメージ

 皆さん、今日もお会いできましたね。 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被災された方々と、原発事故...

[ 仏教・密教 ]

一年と一周忌供養 ─あの世でもこの世でも救われる話─
イメージ

 おはようございます。 皆さん、今日もお会いできましたね。 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被...

[ 葬儀・供養の安心 ]

コラム一覧を見る

スマホで見る

モバイルQRコード このプロの紹介ページはスマートフォンでもご覧いただけます。 バーコード読み取り機能で、左の二次元バーコードを読み取ってください。

ページの先頭へ