コラム

 公開日: 2015-04-03 

み仏の戒めを受けた時(その3) ―独断や偏見に走る人は何をすればよいか?―

 おはようございます。
 皆さん、今日もお会いできましたね。
 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被災された方々と、原発事故の現場をはじめ、復興に尽力しておられる方々に、み仏のご加護がありますよう心よりお祈り申し上げます。





 私たちは時として、〝ああ、お諭(サト)しを受けた〟と感じる場合があります。
 そして、〝こういう目に遭う原因は私のどこにあるのだろう?〟と謙虚に自分自身をふり返ってみると、多くの場合、貪り、怒り、愚かさのどれかに毒されているものです。
 貪欲(トンヨク)、瞋恚(シンニ)、愚癡(グチ)という三毒のうち、今回は愚癡にやられている場合を考えます。

3 客観的な〈ものの道理〉をよく考えず、独断や偏見で決めつけやすい場合
 
 愚癡といってもいわゆるグチだけではありません。
 私たちが普段用いるグチという言葉は、言ってもどうにもならないことなのに、いつまでも「たら、れば」などの話をし続ける状態を指します。
 いわゆる「死んだ子の歳を数える」などがこれに当たります。
 しかし、仏教用語としての愚癡、私たちを誤った思考へ導き、自他へ苦をもたらす原因となる毒はもっと広範囲な意味を持っています。

 お釈迦様が説かれた十善戒の最後にある「不邪見(フジャケン)戒」は、この愚癡(=邪な見解)を離れようという意味です。
 さて、愚癡の正体は〈因果応報などの根本的道理をわきまえない思考〉です。
 たとえば、「こんな亭主と結婚したばっかりに……」と嘆くグチには、一つには、時計の針は巻き戻せても時間は元に戻せないことを忘れている愚かさ、結婚したのは自分なのに自分の責任を忘れている愚かさなどの愚癡が含まれています。
 因果応報をわきまえていれば、こうしたグチでダラダラと人生を無駄に費やしはしません。

 だから、勝手な独断や偏見に走りやすい人は、「縁起観(エンギカン)」という瞑想を行いましょう。
 これは、お釈迦様が説かれた「十二因縁」をじっと観想するものですが、そう簡単ではありません。
 修行に修行を重ねたお釈迦様がやっとたどりついた悟りの内容なので難しいのは当然です。
 ここでは、高野山開創1200年を記念して出版された長澤弘隆師の『空海の仏教総合学』から抜粋しておきます。

1 無明(ムミョウ)

 人間には生まれながらに生命活動としての本能的な生存欲(無明)があり、我執・我欲に溺れて存在や事象の真実の相(すがた)がわからない。

2 行(ギョウ)

 その「無明」は、人間の潜在意識のなかに虚構の固定観念やパターン化された心の志向(=「宿業」)を残す。

3 識(シキ)

 その「行」がもとになって、人間は存在や事象を虚構の固定観念やパターンで識別する。

4 名識(ミョウシキ)

 さらに、存在や事象を精神的なものと物質的なもの(「名識」)に区別する。

5 六処(ロクショ)

 「名識」によって眼・耳・鼻・舌・身と意の「六根(ロッコン)」がはたらく。

6 触(ショク)

 眼・耳・鼻・舌・身と意がその対象(「六境(ロッキョウ)」)と接触する。

7 受(ジュ)

 眼・耳・鼻・舌・身と意がその対象(「六境(ロッキョウ)」)を感受する。

8 愛(アイ)

 そこに、存在や事象への愛着・渇愛(カツアイ)が生じる。

9 取(シュ)

 それによって、自分中心の我執・我欲が強くなる。

10 有(ウ)

 また、自分の生存や存在に固執する。

11 生(ショウ)

 このようにして、「無明」の連鎖は「宿業(シュクゴウ)」として人間の潜在意識に残り、次の「生」においても同じようにくり返される。

12 老死(ロウシ)

 「生」があればかならず「老死」があり、人間は「宿業」から脱することができない。

 お釈迦様はきっと、「なぜ自分は〈このようなもの〉としてここにいるのだろう?」と考えぬかれたことでしょう。
 その結果「そうか!」と全てを見透され、これ以上遡れない根源として無明を発見されました。
 長澤弘隆師は、こう述べておられます。

「『無明』とは意識下で「宿業」(サンスカーラ)を生むものである。
 なので筆者は、『本能的な生存欲』としばしば言うのだが、仏教の瞑想心理学は人間の生存の原点にまで思いを及ぼしていることからして、当たらずとも遠からずの言い換えだと思っている。」

「そもそも『無明』は『宿業』を生むものであるから、人間の生の営みの深い部分(脳で言うと、大脳新皮質ではなく脳の進化で言う古い部分の大脳など)に触れてくる問題なのである。
 釈尊は、現代人がうかつにも『無知』などと言い換える問題ではなく、人間の生の根本問題を問うているのである。
 釈尊が定めた戒律の最初に『不殺生』を挙げるのも、『無明』と同じく人間の生の営みに前世からの『宿業』が深くかかわっていることを問題にしたのである。
 これは、深い瞑想のなかの洞察から出たことで、釈尊は人間の生命活動のはじまり、何億年も前からはじまった地球上の生の営みを見ているのである。」

 私たちはすべて〈生まれついたもの〉としてこの世にやって来ています。
 ありとあらゆるものごとはそこからしか始まりません。
 そして、生まれついた以上、必ず、生きようとし、必ず、他の生きもののいのちをもらいます。
 つまり、無明と殺生は切り離せません。
 お釈迦様が、苦から離れるための方法として「十善戒」を説き、その冒頭に「不殺生」があるのは、〈妄りに他の生きもののいのちを奪うことのできない者〉こそが〈無明を克服した者〉だからです。
 仏教は「欲をなくそう」ではなく、「欲を正しく生かそう」へと深化しました。
 密教の菩提心(ボダイシン)や利他行(リタギョウ)の大欲(タイヨク)思想へたどりついたのは、生を尊びつつ穢れなく生きねば、安心と共に生き通せないからです。
 私たちは、本能的な生存欲を敵視するのではなく、智慧と慈悲とで清め、エネルギーを昇華しつつ生きる思想と方法を手にしているのです。

 慈雲尊者(ジウンソンジャ)は説かれました。

「邪見、数多けれど、要をとらば、断常(ダンジョウ)の二見(ニケン)に期帰す。
 断見に種々有れど、まず、善を為して善の報いなく、悪を為して悪の報いなく、神も仏も、今現に見るべきならねば、これもなきことと思い定むるを断見という。」

(誤った邪な見解はたくさんあるが、根本的には、因果をつなげない「断見」と、無常でないものがあるとする「常見」の二つにまとめられる。
 断見にはいろいろあるが、まず、善行に善果が伴わず、悪行に悪果が伴わないという考え方と、目に見えないから神も仏もないと決めつける考え方が挙げられる)

 十二因縁をじっと考えていると、こせこせした思考が離れて行きます。
 自分は何とつまらぬ考え方をしているのかと気づかされもします。
 愚かで否応のない〈この生〉、一方では数限りないおかげさまに生かされている〈この生〉。
 独断や偏見でいきり立ち、ぶつかり、傷つけ、傷つけられつつ生きてなどいられないではありませんか。

 〝ああ、み仏のお叱りを受けた〟あるいは〝今、弱い自分が鍛えられている〟としか思えない場面では、自分にある貪り、怒り、愚かさの三毒をチェックしましょう。
 そして、三回にわたって述べた「不浄観」「慈心観」「縁起観」を参考にしていただければ幸甚です。

 今日の守本尊不動明王様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。
https://www.youtube.com/watch?v=EOk4OlhTq_M


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 山里の寺から、有縁無縁の方々の、あの世の安心とこの世の幸せを祈っています。

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