コラム

 公開日: 2015-05-21 

宗教の垣根を考える ―現場の者として─

 おはようございます。
 皆さん、今日もお会いできましたね。
 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被災された方々と、原発事故の現場をはじめ、復興に尽力しておられる方々に、み仏のご加護がありますよう心よりお祈り申し上げます。




〈パウル・クレーの『R町』〉

 よく、「仏教は何宗でも皆、同じでしょう?」と問われる。
 そんなことはあり得ないが、真実を理解してもらおうとすれば、立ち話では到底、不可能だ。
 人生相談の場で真剣に問われれば、袈裟衣をかけて答えようもある。

 また、「宗派の垣根を超えて」とか「宗教の違いを超えて」やるべきだ、といった議論も耳にする。
 しかし、宗教的問題に対して一行者が選択し得る最善の対応法は限られる。
 たとえば、大事故が起こった現場で三回忌の慰霊を行う時、小生のような未熟者は護身法を結び、結界を張り、洒水加持(シャスイカジ…水を用いたお清め)を行ってからでなければ、最適な供養法を結ぶことはできない。
 もしも、三回忌の守本尊である阿弥陀如来に祈るという方法をとらぬのであれば、伝授に則って法を結ぶ行者としては形式的参加でしかなくなり、行者としてその場にいる真の意味はない。
 隣で牧師が「アーメン」とうつむいているのに、僧侶が散杖(ご加持に使う棒)を振っていれば、異様な光景でしかなかろう。

 また、たとえば、人生相談を受ける時、小生は袈裟衣をまとい、結界を張り、お互いが共にみ仏の子であるという観想に入ってから行うので、誰かと一緒に人生の大事についてお相手をすることはできない。
 相手の言葉の聞こえ方がまったく異なる人と共に、相手の言葉に同じ真実を見つけることは難しく、最も適切であるという確信をもって何かを語ることも、もちろん、法を結ぶこともできない。
 もしも、隣で心理学者が〝これは、小児期のトラウマが原因か〟と判断しているのに、僧侶が〝これは、死魔が動いているせいだろう〟と観たならば、〈二人して〉相手を救う方法はない。

 そもそも、宗教において「垣根」とは何か?
 祈りのない宗教はあり得ず、形のない祈りもない。
 つまり、ある形をとってのみ宗教的境地へ入り、深められるのであり、その形こそが宗教の違い、宗派の違いである。
 だから、もしも「形」を「垣根」と見なすのであれば、垣根のない宗教はなく、垣根を取り払った瞬間に宗教行為は単なる形式か、あるいは気分でしかなくなる。

 真剣に行ずる者ならば誰でも知っている。
 行者とは常に最善の方法を探求し続けて自分なりの一本橋を渡る者、真剣の刃渡りをやめない者である。
 天才的行者たちのつかんだ方法が歴史と共に重なって宗教となり、宗派となり、伝授書となり、門をたたく新たな行者一人一人の導きとなる。
 つまり、一人一人によって〈自分の存在をかけて生きられる形〉こそが宗教と言える。

 多様な宗教者たちが集い、社会的行動を起こすことは、それはそれで何らかの意義があるのだろう。
 また、宗教に関心を持つ行者以外の方々が宗教や仏教の全般について批判し、提言することにも何らかの意義があるのだろう。
 しかし、日々、求める方々一人一人と一対一で袈裟衣にかけた対応をし続けている〈現場の者〉としては、そうしたことごとに関与している余裕がない。

 では、当山は、真言宗の信者さんのみが対象となる法務を行っているのかと言えば、そうではない。
 人生相談やご加持はもちろん、当山で亡き方の菩提(ボダイ)を弔って欲しいと訪れる方々のほとんどは、他の宗教宗派に関係しているか、事実上無信仰である。
 当山は、ご縁を求める方々の内面へは一切、触れず、檀家になるかならないかといった区別もせず、ただ、信頼に応えるべく、どなたへも平等に接し、語り、必要な法を結ぶ。
 万人、万物のために法を説き、お救いくださっているみ仏へお仕えし、おすがりする行者として当然である。

 最近、当山を思ってくださる方から、ありがたいご提案をいただき、いわゆる「垣根」について小考しました。
 以上が、当山の現況であり、未熟な一行者の限界です。
 感謝しつつ、ご報告とさせていただきます。合掌

 今日の守本尊不動明王様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。
https://www.youtube.com/watch?v=EOk4OlhTq_M


 ご関心のある方は当山のホームページ(http://hourakuji.net/)をご笑覧ください。
 山里の寺から、有縁無縁の方々の、あの世の安心とこの世の幸せを祈っています。

この記事を書いたプロ

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遠藤龍地

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TEL:022-346-2106

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