コラム

 公開日: 2015-05-24 

真智の開発をめざして(その17) ─他者の善行に感応する心─

 おはようございます。
 皆さん、今日もお会いできましたね。
 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被災された方々と、原発事故の現場をはじめ、復興に尽力しておられる方々に、み仏のご加護がありますよう心よりお祈り申し上げます。



 五智如来のお智慧の内容を、私たちにわかりやすく説かれたのが「優しさ・厳しさ・正しさ・優雅さ・尊さ」という教えです。
 私たちの心にある仏心がきちんとはたらけば、み仏の光が発し、妄知(モウチ…おかげさまと心の底から思えない惑った心)も邪知(ジャチ…万事を我がためとするよこしまな心)も消え失せます。
 さて、今回は「優雅さ」について考えてみましょう。

2 善行者を讃歎する

 私たちが、餌や縄張りを争って醜く牙をむき出し、血を流す獣たちと違い、相手のためを思い合う優雅で穏やかな人間らしい心性を発揮しながら生きるためには、善行の人を素直に誉め称えられなければなりません。
 他人の善き行いを見聞きして、自分が恥ずかしくなったり、相手が神々しく感じられたり、涙が滲んできたり、希望を持ったりする心を失わないようにしましょう。
 貶したり、無視したり、反発したりといった反応では情けないというしかありません。
 また、悪しきものを誉め称えてはなりません。

 ここで考えねばならないのは、そもそも、何が善で何が悪かという問題です。
 慈雲尊者(ジウンソンジャ)は明確に述べました。

「仏性(ブッショウ)に順じて心を起こすを善といい、これに背くを悪という。
 本性に身口意(シンクイ)相応すれば十善おのずから全きなり。」

(私たちが本来的に持っている〈み仏の子〉としての清浄な心の核に従って発せられた心のありようを善と言い、その核に背いて発せられた心のありようを悪という。
 人間が人間たる本来的な性根、性分に相応して身体と言葉と心がはたらけば、み仏が説かれた十の善き戒めは達成される)

 修法する身としては、経典に説かれている仏性を求めて心を深めて行けばすっかり解き放たれた状態となり、そこは「霊性の庭」とでも呼べるのではないかと感じています。
 この庭に立って行動しても、語っても、思っても、それ以外にありようはないので、普通のモノサシで白黒を判断するような意味での善も悪もありません。
 しかし、そここそが人間が人間であることを証す場であり、慈雲尊者が説かれた「善」は、この世界のことだろうと考えています。
 仏性や霊性の「性」は決して観念的な文字ではなく、一身に実証できる〈本来性〉なのです。

 慈雲尊者はこうも説かれました。

「善は常に仏性に順ず。
 悪は常に仏性に背く。
 法として是の如し。
 ただ迷う者が迷う。
 知らぬ者が知らぬばかりなり。」

 最近、ドローンを飛ばし、他人や社会への迷惑を考慮しない少年(15才)と、その行為につながる人々の問題が報道されています。
 善悪の判断や法律の網を超えて広がったネット社会は、面白ければよい、ワクワクすればよい、珍しければよい、儲かればよい、目立てばよい、といったレベルの行動を広げつつあります。
 そこでは、自分の〈心の波の大きさ〉と、社会の〈反応の大きさ〉のみが問題であり、倫理は崩壊して行きます。

 また、親や配偶者の死を隠して年金を不正受給する事件が後を絶ちません。
 公私の別うんぬんという前に、人間は一人残らず〈おかげさま〉によって一生を生き抜く社会内存在であるという認識が消えて、死を個人的なものとしか考えられなくなった心の荒廃が背景にあります。
 また、最近、亡くなった妻のお骨を一部、スーパーのトイレに廃棄した男(68才)が逮捕されました。
 生前に苦労をさせられ、憎んでいたというのが男の言い分です。
 生まれる、死ぬ、といった人間の尊厳にかかわる決定的なできごとすら、損得勘定や憎しみといった感情と同列に置く社会は薄ら寒く感じられます。
 葬送に関することごとを壁や石に刻んだ古代人の温かな思いはどこへ行ってしまったのでしょうか。

 医学博士宮城音弥氏が『霊―死後、あなたはどうなるか』にこう書いたのは平成3年です。
「現代の日本には慣習的宗教はあっても、宗教心は希薄である。」
 宗教が消えれば倫理は基盤を失い、好き嫌いや激情が主役となり、善も悪もあまり意識されなくなります。
 それは、誰もが幸せを手に入れられなくなることを意味します。
 
 他者の善行に魂が震わされ、自分を省みられる人間であり続けるためには、自分の仏性を感得する必要があります。
 そのための導きが十善戒です。
 自分に「不殺生(フセッショウ)」と言い聞かせていれば、生きものを救う人の尊い行為に心が反応します。
 自分に「不瞋恚(フシンニ)」と言い聞かせていれば、じっと忍耐する人の尊い行為に心が反応します。
 何としても「ただ迷う」ばかりでなく、「知らぬ者」のままで過ごさぬよう、学びたいものです。

 今日の守本尊千手観音様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。
https://www.youtube.com/watch?v=IvMea3W6ZP0



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 山里の寺から、有縁無縁の方々の、あの世の安心とこの世の幸せを祈っています。

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