コラム

 公開日: 2015-07-12 

輪廻転生のイメージ ―寺子屋が終わりました―

 おはようございます。
 皆さん、今日もお会いできましたね。
 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被災された方々と、原発事故の現場をはじめ、復興に尽力しておられる方々に、み仏のご加護がありますよう心よりお祈り申し上げます。



〈ミケ子と小生は、同じいのちを分けいただき、同じ故郷を持つ同じ生きもの同士〉


〈キキョウと小生は、同じいのちを分けいただき、同じ故郷を持つ同じ生きもの同士〉

 出張寺子屋『法楽館』を無事、終えました。
 法話の中でなかなかご理解いただけなかったかと感じたのは、人間がネコにもタンポポにも生まれ変わるというあたりだったようです。
 事実、「人がネコになるという途方もないお話ではなく、もっとわかりやすいことを教えてください」というご意見もありました。
 しかし、寺院でご縁に応じた法を結ぶという日常的法務を離れてでかけるには、理由があり、その重要な一つが、お釈迦様やお大師様が説かれた輪廻転生(リンネテンショウ)に気づいていただきたいという願いである以上、多少、皆さんのお耳に入りにくかったのは、やむを得ないと言うしかありません。
 何しろ明治以来、仏教者すら避けて通って来た問題なのです。
 また、DNAを頼りに人類史をたどる経緯を考えるならば、それは宗教者の出る幕ではありません。
 科学的知見は知見として、それとは異なる宗教的視点や観点からいのちの生まれ変わり死に変わりをとらえ、宗教ならではの意義を見出すのが宗教の役割であろうと考えています。

 自分という〈人間〉が、死んだ後、目の前にいるクロという〈ネコ〉と同様の生物になる、あるいは、野辺に咲くドクダミという〈雑草〉と同様の植物になる、とイメージしようとすれば当然、思考や感覚は「否」へと傾斜します。
 そのイメージは、日常的体験や生活上の知識などと相容れず、あまりにもずれているからです。
 しかし、そもそも、科学も、宗教も、芸術も、日常的な世界だけではあきたらない、あるいは問いの答が見つからない、あるいは問題が解決できない、あるいは苦しみが解消されず、〈解〉を求めるところに生まれ、深まります。
 そして、納得や創造や解放がもたらされ、誰かがつかんだその成果は、私たちへ向上や啓発や救済をもたらします。

 たとえば私たちは、〝背中が痛いなあ、何か重いものを持ったからかなあ〟と思っているうちに、想像もしなかった心臓疾患を指摘されて驚いたりします。
 私たちは、ダリの絵画『記憶の固執』を眺め、最初は〝時計がひん曲がっているなんて、わけがわからん〟と思っても妙に惹かれ、そのうちに、プリントを額に入れて飾るようになったりします。
 私たちは、般若心経を読み、〝無ばかり出てきて、何が何だかわからないなあ〟と思いながらも写経したり、読誦したりと馴染んでいるうちに、行者から「たくさん出てくる無という文字に気を取られず、色即是空、空即是色をつかみましょう」と言われ、ハッとし、そのうちに〝そうか、自分も、憎たらしいあいつも、最愛の彼女も、仮そめの身体に頼っているだけの儚い同類なんだ……〟と気づいて視界がまったく変わったりします。

 このように、宗教のいのちは実に、日常的体験や生活上の知識を超えた世界に気づくところにあります。
 日常生活をしながら ある種、聖なる世界でも生きている自分を見出し、生きとし生けるものも、山川草木も、街や村も、耀きを持って立ち上がってくる体験をするところにあります。
 よく、「末期の眼」と言うとおり、私たちは自分の死期を悟ると、周囲の世界が生き生きと美しくいのちの耀きに満ちた世界として愛おしく見えてきます。
 実際に死が迫っていなくても、宗教的体験や、ある種の目覚めは、それと同じく、普段生きている喜怒哀楽の世界とは異なる光景を私たちの目と心へもたらします。

 最近、葬儀堂『法楽庵』の通路で草むしりをしました。
 コンクリートの割れ目から小さく伸びていた草を根こそぎ引っ張り出し、暑く灼けた砂利の上に置いた時、〝ああ、彼は今、炎熱地獄にいる〟と思いました。
 心で合掌しました。
 そして、太平洋戦争の末期、空襲に遭ったAさんの体験談を思い出しました。
「屋根でザザッと音がして雨かなと思ったら、油でした。
 そして爆弾が破裂し、家はあっという間に燃え上がりました」
 Aさんは家族を焼死させました。
 炎熱地獄を見たのです。

 私の手にかかった雑草のいのちも、Aさんのご家族も、炎熱でこの世から失われたことに変わりはありません。
 雑草も、人間も、等しく〈雑草〉あるいは〈人間〉としての身体を形成するモノである衣から離れ、広大な〈いのちそのもの〉の世界へ還って行きました。
 必ず訪れる小生の死も、愛猫クロの死も、〈いのちそのもの〉の世界というある種の故郷へ還って行くという点では、何ら、変わりありません。
 それは、川の水が大海へ注ぎ込むのに似ています。
 海水の一滴となれば、やがていつの日か、パッと飛び散る波の一片となって独自の形をとり、輝く時がくるかも知れません。
 その時の形が、人間であるかネコであるか雑草であるかは誰にもわかりません。
 ただ、何者であろうとそれなりに、いのちを分け持った者であり、それなりに輝く可能性を持ち、開いた心眼には耀きがありありと映ることでしょう。
 これがお釈迦様の説かれた輪廻転生のイメージであり、人もネコも雑草も等しく仏性(ブッショウ)を持っているというお諭しの示すところではないでしょうか。

 科学の眼はDNAを研究します。
 宗教の眼はいのちの世界を観ます。
 そして芸術の眼は表現をもたらすことでしょう。

 これからも、お釈迦様とお大師様が説かれた輪廻転生と正面から向き合って行きます。
 ご縁の方々と共に考え、祈りたいと願っています。

 今日の守本尊虚空蔵菩薩様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。
https://www.youtube.com/watch?v=IY7mdsDVBk8


 ご関心のある方は当山のホームページ(http://hourakuji.net/)をご笑覧ください。
 山里の寺から、有縁無縁の方々の、あの世の安心とこの世の幸せを祈っています。

この記事を書いたプロ

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