コラム

 公開日: 2015-07-14 

わらんべの神々うたう水の声 ―ある戒名と俳句のこと―

 おはようございます。
 皆さん、今日もお会いできましたね。
 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被災された方々と、原発事故の現場をはじめ、復興に尽力しておられる方々に、み仏のご加護がありますよう心よりお祈り申し上げます。





 ある日、Aさんが逝った時、祈ったご本尊様は、澄んだ水、澄んだ空気に包まれた深い森を示された。
 ご遺族は、野菜作りなどに励む市井の人だと言われたが、その懐にただならぬ心のおさまりを持っておられたのだろうと感じた。
 また、行く手に灯りを見出す不安のない歩みも戒名へ顕れた。
 お通夜で遺影を眺め、眼中にこの光が明らかに宿っているのを認めて、自然に手が合わさった。

 通夜振る舞いの席で、Aさんのご子息から言われた。

「ご住職は枕経の後で、何か故人にふさわしい文字、戒名に入れてもらいたいと思う文字はありますか、と訊ねられましたよね?
 あの時、私の脳裏に一文字が浮かびました。
 でも、口にするのが畏れ多いような気がして、遠慮しました。
 さっき、それが道号(ドウゴウ)へ入っているのを見て、とても驚き、涙が出そうになりました。
 本当にありがたくてなりません」

 遠方で暮らすご子息はご臨終に間に合わなかった。
 しかし、枕経では、逝く人が言いたいことを通じさせ、送る人が聴きたいことを心で聴く秘法が結ばれる。
 この一文字こそがまさにそれだったのではなかろうか。
 ご本尊様は、祈る行者へ真実をありありとお示しくださった。

 ところで、石牟礼道子氏は71才で詠んだ。

「わらんべの神々うたう水の声」
 
 この一句はすぐにAさんを思い出させた。
 泉から流れ出た小川がサラサラと立てている水音を神のごとき幼子たちの歌声と聴いた石牟礼道子氏は、Aさんの心中のような澄浄で深閑とした森におられたのかも知れない。
 水俣病で苦しむ人々と永く行動を共にしてきた氏は、いつ、どこでこの場所へ行かれたのか。
 泣きなが原なのか。
 もしかするとそこは、現実の苦海がもたらした心中の浄土だったのか……。

 そうすると、Aさんの「深い森」も、揺るぎない浄土だったのかも知れない。

 ところで、この句を含む句集『泣きなが原』には石牟礼道子氏の言葉も掲載されている。
 水俣病の公式確認から半世紀を迎える現在について言われる。

「むごい死に方でした。
 戦争ではありませんが、これは虐殺です。」

「これは、『文明の発展』ではなく『文明の罪』です。
 これまで人間が長年欠かけてつくりあげてきた文明は、結局、金儲けのための文明でしかないようです。」

 東日本大震災が発生した日は、氏の誕生日でもあった。
 要介護度4の氏はテレビで原発事故を知り、こう思った。

「『また棄てるのか』と思いました。
 この国は塵芥のように人間を棄てる、
 役に立たなくなった人たちもまだ役に立つ人たちも、棄てることを最初から勘定に入れている。」

 ただし、希望は棄てておられない。

「人間にも草にも花が咲く。
 徒花(アダバナ)もありますけど、小さな雑草の花でもいいんです。
 花が咲く。
 花を咲かせて、自然に返って、次の世代に花の香りを残して。
 そうやって、繋いでいく。
 魂があることを、そういうことのために人間はいつの世からか自覚したんです。」

 水俣で死んで行く人たちの中には、企業も国も責めず自分がこの苦を全部あの世へ持って行くと言い遺す方もおられる。
 あまりにも哀しい花ではないか。
 しかし、苦海を生ききり、来世へすら逃げない魂が咲かせた花は不滅の光芒を放っている。

 そうした聖者とも言うべき方々の魂にも、「深い森」があったのだろうか。

 今日の守本尊文殊菩薩様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。
https://www.youtube.com/watch?v=WCO8x2q3oeM


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 山里の寺から、有縁無縁の方々の、あの世の安心とこの世の幸せを祈っています。

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