コラム

 公開日: 2015-08-19 

正義と虹 ―映画『黒い雨』に想う―

 おはようございます。
 皆さん、今日もお会いできましたね。
 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被災された方々と、原発事故の現場をはじめ、復興に尽力しておられる方々に、み仏のご加護がありますよう心よりお祈り申し上げます。




〈矢部宏治著『戦争をしない国』よりお借りして加工しました〉



〈何も知らない無辜の人々へ黒い雨が降りそそぐ〉

 3年前の8月同様、今年も井伏鱒二原作、今村昌平監督の映画『黒い雨』を観た。
 全編モノクロームの画面は、広島で被曝した人々が、ごく普通の日常生活を営みつつ、次々と死んで行く過程をリアルに描いている。
 カンヌ国際映画祭、日本アカデミー賞などで数々の受賞をした作品は、今なお色あせないどころか、原爆の記憶が風化しつつある中で、私たちにその非情さを突きつけて余りある名作である。

 被曝は、死に逝く者として生まれた人間へ、避けられない宿命をより過酷な形で突きつけ、決して逃げられない地点へと予測を許さぬ流れで追いつめる。
 小さな集落で一人、また一人と死ぬ人々を送りながら、自分自身もまた日に日に死の色を濃くして行く高丸矢須子を演じた田中好子の演技は、言葉少なく、淡々としながらも鬼気迫る。
 一家の大黒柱閑間重松を演じた北村和夫は何が起こってもたじろがず、今はもう死語になりかけている「家長」の風格を存分に見せてくれた。

 前回、観た時以上に胸へ迫ってきたのは原作になかった登場人物岡崎屋悠一(石田圭祐)である。
 穏やかで礼儀正しい少年だった悠一は、戦場にかり出され、敵の戦車の下へ爆弾を持って突撃させられるという過酷な体験から生き残った。
 しかし、エンジン音によってフラッシュバックを起こし、バスであれバイクであれ、何かを持ってその下へ飛び込まないではいられない。
 
 8月18日付の朝日新聞によれば、「日本人に精神力を協調する軍は、日中戦争開戦の翌年には、戦争神経症と欧米で呼ばれる病には1人もかかっていないと誇っていた。」という。
 その一方で、実際には国府台(コウフダイ)陸軍病院(千葉県)を拠点として治療に当たり、敗戦時には資料の焼却を命じた。
 しかし病院長諏訪敬三郎は八千冊に及ぶ病床日誌を倉庫に秘匿し、精神科医目黒克己は患者の〈その後〉を調査した。
 一例である。

「軍隊はひどいところで、まったく人間扱いされなかった。
 入隊9日目にひどい私的制裁(古参兵らによる暴行)を受けたのち、なにがなんだかわからなくなった」(元二等兵)
「何度も討伐に参加し、非戦闘員の殺傷などが重なった。
 最も打撃を受けたのは、燃えている家に、消せるはずもないのに手桶で水をかける中国人の老婆が母親そっくりにみえたことだ。
 ある討伐のあと、なにもわからなくなり、護送されるトラックの上で気がついた」(元一等兵)

 悠一が矢須子へ語る体験談にも「何が何だかわからなくなる」というセリフがある。
 人格が破壊される瞬間なのだろう。

 病苦と死苦に囲まれる重松は、ラジオから流れるニュースを聞く。
「朝鮮の新たな危機に対処するため、必要とあらば、中共軍に対し原子爆弾を使用することも考慮中である。
 決定は大統領に委ねられている」
 そして呟く。

「人間いう奴は性懲りもないものじゃ。
 我が手で我が首を絞めよる。
 正義の戦争より、不正義の平和の方がましじゃいうことが、何で分らんかのう」

 政治学者白井聡博士は『永続敗戦論』において、国家間の条約や領土の問題は、必ず双方に言い分があり、その根拠をどんどん遡れば、いかなる主張もし得ることを克明に説く。
 A国が父母の時代に起こったできごとや約束ごとを根拠とした主張をすれば、あいてのB国は祖父母の時代に起こったできごとや約束ごとを根拠として持ち出す。
 博士は、北方領土の帰属について事実を積み上げて見せ、客観的な視点から結論を出す。

「このように、国家の行動というレベルで日ソ両国の行ってきたことを振り返るならば、『どっちもロクでもない』としか論評の仕様がない。
 一般的に言って、国家の振りかざす『正義』なるものが高々この程度のものであることは、何度でも肝に銘じられるべきである。
 問題は自国の行動や主張に限っては無条件な正義と一致しうると考える幼稚な心性を清算すること(それは日本に限られた課題ではないが)である」

 国の振りかざす「正義」によって最後は戦争に行き着き、人間の人格が破壊され、いのちが奪われ、生活が奪われ、やがて新たな「正義」として拳を振り上げさせる怨みが残る。
 何と哀れな人類史だろう。

 倒れて病院へ運ばれる矢須子を見送りながら重松は思う。

「今、もし、向うの山に虹が出たら奇蹟が起る。
 不吉な白い虹でなくて、五彩の虹が出たら矢須子の病気が治るんだ」

 そして山を眺め続けるが、虹は現れぬまま幕切れとなる。

 虹は、人類の歴史と運命を見通す叡智ではなかろうか。
 第二次世界大戦後、「個別国家の戦争は違法」という理念のもとで叡智の結集をはかるはずだった国連は、アメリカが仕組んだ集団的自衛権の条項によって、機能停止した。
「本来、国連加盟国には許されないはずだった『独自の軍事同盟にもとづき、国連の許可なく戦争を始める権利』」(矢部宏治)という集団的横暴を、誰も制御し得ない。
 その典型がイラク戦争であり、日本も将兵や燃料を輸送して加担した。
 しかも、アメリカが開戦の理由としたイラクによる大量破壊兵器の準備など事実無根だったにもかかわらず、私たちは、イラクの破壊に加担したことの客観的検証も、責任の追及も、ほとんを行われぬうちに事実すら、忘れかけている。
 国益という名の悪魔的我欲を唯一の旗印とする愚かさを離れ、各国の叡智が結集されて五彩の虹となる日は来ないのだろうか。
  
 今日の守本尊文殊菩薩様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。
https://www.youtube.com/watch?v=WCO8x2q3oeM


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 山里の寺から、有縁無縁の方々の、あの世の安心とこの世の幸せを祈っています。

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