コラム

 公開日: 2015-08-21 

人間であることがすべての基本 ―自分を幸せにしたいならば……―

 おはようございます。
 皆さん、今日もお会いできましたね。
 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被災された方々と、原発事故の現場をはじめ、復興に尽力しておられる方々に、み仏のご加護がありますよう心よりお祈り申し上げます。




〈『思いやること』より〉

 ダライ・ラマ法王は、『思いやること』において説かれた。

「私は人と話すときはいつでも、自分がその人の家族の一員であるという意識を持っています。
 たとえ初めて会う人でも、友達として受け入れます。
 それは、私が仏教徒だからでも、チベット人だからでも、ダライ・ラマだからでもありません。
 別の人間と話をする一人の人間として、そうしいるのです。」

 会話の目的は何だろうか?
 まず、自分の意志を相手に伝えること、そして相手の意志を知ることだろう。
 しかし、法王の言葉にはそうした〈用件〉を超えた世界が示されている。
 会話が成り立つには、通じることが前提条件であり、通じるとは心が行き交うことである。
 法王は、「家族」や「友達」という言い方でそれを示した。

「今この瞬間、あなたが『自分は人類の一員だ』と考えていてくれることを願っています。 
 アメリカ人、アジア人、ヨーロッパ人、アフリカ人、もしくは、ある国の国民、といった枠組みへの忠誠心は、あまり重要ではありません。
 あなたと私が、人間としての共通点を見出せば、基本的なレベルで心を通わせることができます。
 たとえ『私は僧侶だ』とか『仏教徒だ』と考えていたとしても、それは人間としての本質に比べれば、取るに足らないことです。」

 ここではっきり、「基本的なレベルで心を通わせる」とされた。
 それに必要なのは、お互いに「人間としての共通点」を見出していることである。
 道具としての言葉はもはや、背景に退いているようだ。
 同じ道具を使わずとも通じる。
 それは、ペットを飼っている方ならどなたでも納得できることだろう。
 である以上、思想や宗教の違いなどはましてや「取るに足らないこと」となる。

「人間であることがすべての基本で、私たちはみな、それを土台にしています。
 あなたは人間として生まれ、死ぬまでそれを変えることはできません。
 それ以外のこと、たとえば、学があるかないか、若者か年寄りか、金持ちか貧乏か、などはすべて、あまり重要なことではありません。
 実は、あなたと私はすでにお互いを深く知っています。
 そう、同じ基本的な目標を分かち合う人間として、私たちはみな、幸せを求め、苦しみを望んではいないのです。」

 私たちは誰でも、「人間としての共通点」を知っている。
 自分が幸せを望み、苦しみを望んでいないことを知っており、他人もまた同じであることを知っているのだ。
 それは、特段、難しい勉強をするまでもなく、生きているうちに気づき、誰からともなく教えられ、自省などを積み重ねなくても、いつの間にか知り、智慧の一部となっている。

「自分自身を幸せにするのは正しいことです。
 ただし、心に刻んでおきましょう。
 人生の本質でない事柄に没頭しても、不満というさらに大きな問題を解消することはできません。
 愛情、思いやり、他者への気遣いこそが、幸せの真の源泉です。
 これらが心に満ちあふれていれば、どれほど不快な状況にあっても、心が乱されることはありません。
 憎しみを心に抱いていたら、どれほどの富を手にしても幸せにはなれないでしょう。
 ですから、本当に幸せを望むなら、愛情の対象を広げなくてはなりません。
 宗教的に考えてもそうですが、基本的な常識に照らしても同じことがいえるでしょう。」

 お互いが幸せを求め、苦を厭う存在であることを知ればなぜ、心を通い合わせられるのか?
 自分が自分の幸せを求めるのが当然であり、「正しいこと」ならば、なぜ、他人との関係という〈その先〉が必要になるのか?
 カギは「不満」にある。
 幸せを求める欲望には限りがなく、欲望に追われていれば、〈今〉は常に〈過程〉でしかない。
 それは永遠に「満」たされ「不(ザ)」る状態であり、不満なのだ。
 まるで、鼻先にニンジンをぶら下げられた馬である。

 不満の克服法法は単純である。
 他人も自分同様の存在であることをただ知っているだけでなく、きちんと認識すればおのづから同類としての親しみが生ずる。
 同類の感覚は不思議なものだが、たとえば初対面の人と同郷であると知っただけで距離が縮まり、ましてや同窓生であるとなれば、その瞬間から私たちは先輩、後輩と呼び合う仲になってしまうのだ。
 法王が冒頭で述べられた「家族」や「友達」といった感覚である。
 親しみは愛しさと哀れさとして現れ、愛しさはよきものを与えたい気持となり、哀れさは悪しきものを除いてやりたい気持となる。
 仏教で言う慈悲心である。
 それを法王は「愛情」「思いやり」「気遣い」という非宗教的な言葉で説かれた。

 私たちは、自分の身体を拠り所として生きている限り、必ず自己中心的であり、そこから派生する自分や自分の周辺への執着心に24時間、突き動かされている。
 大切なのは〈お互いにそうである〉と心から認め合うことではないか。
 もしも、相手に角(ツノ)を感じるならば、自分にも必ず角があるはずなのだ。
 何と哀れであり、愛おしいことか。
 この感覚があれば「愛情の対象を広げ」られるのではなかろうか。
 互いを認め合い、互いに許し合う時、煩悩(ボンノウ)は『大日経(ダイニチキョウ)』や『理趣経(リシュキョウ)』が説く大欲(タイヨク)に昇華する。
 無限の対象へはたらく清浄な意欲となる。

 仏教は2500年の間にここまで来たが、法王はあくまでも仏教を超えた言葉で説く。
 私たちは何としても、「人間としての共通点」に気づき、「愛情」、「思いやり」、「気遣い」によって「心を通わせ」合いたいものである。
 
 今日の守本尊普賢菩薩様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。
https://www.youtube.com/watch?v=rWEjdVZChl0


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 山里の寺から、有縁無縁の方々の、あの世の安心とこの世の幸せを祈っています。

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