コラム

 公開日: 2015-09-09 

生まれ変わりたくない ―苦はどこから?―

 おはようございます。
 皆さん、今日もお会いできましたね。
 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被災された方々と、原発事故の現場をはじめ、復興に尽力しておられる方々に、み仏のご加護がありますよう心よりお祈り申し上げます。





(今の陸前高田市。広田湾から溢れた津波は、このあたりまで来た。田んぼが早々に復活し、皆、稲が塩に強くて驚いたという〉

 当山はおりおりに、こうした願文を唱える。

「いまだ苦しみを離れざる者には、願わくは苦しみを離れしめ、
 いまだ楽しみを得ざる者には、願わくは楽しみを得せしめ、
 いまだ菩提心(ボダイシン…悟りを求める心)を起こさざる者には、願わくは菩提心を起こさしめ、
 いまだ悪を断じ善を修せざる者には、願わくは悪を断じ善を修せしめ、
 いまだ成仏せざる者には、願わくは成仏せしめん」

 ある修法の終了後、ご参列のAさんから、「ちょっといいでしょうか」と声をかけられた。
 Aさんのお母さんは、重篤な病気に苦しみ、死後のことをあれこれと考え、口にしてもおられたという。

「今度生まれ変わるなら、虫は嫌だな、鳥も嫌だな。
 花ならいいかな、でも嫌だな。
 ネコもいいけど野良猫だったら大変だしな」

 やがて転生の希望を、こう結論づけた。

「やっぱり人間しかない。
 でも、こんなに苦しい思いはもう、二度としたくないから、生まれ変わらないよう願って死のう。
 再び、決して、この世へ来ませんように」

 Aさんは言う。

「ちょうど東日本大震災で入院していた病院がやられ、この先生に看取られて死ねれば、という唯一の支えだった先生がおられる病院にいられなくなりました。
 ガソリンがなかったりしてなかなか見舞いに行けず、本当にかわいそうな最期でした。
 近くの住民は身内や友だちが見舞いに来てくれるけど、自分はいつも一人ぼっちだと聴かされた時は、胸が潰れる思いでした。
 だから、亡くなった時は、安堵したような顔を見て、心から『よかったね、お母さん』と言ってあげました。
 苦しみや淋しさからやっと解放されたことを、一緒に喜んだのです。
 そんなふうにして母を送ったので、輪廻転生(リンネテンショウ)のお話を耳にすると、悲しみがぶり返してしまいます。
 さっき、ご住職様が、願わくは苦しみを離れしめ、と祈ってくださったので、悲しみと感謝が湧き上がってきました。
 母はもう、望みどおり戻って来ないのでしょうか?
 それもまた、かわいそうに思えるのですが……」

 死が救いになるという状況は確かにある。
 ここでAさんの口からこぼれた「よかったね」に対して、不謹慎だ、などと非難する資格のある人はいない。
 申しあげた。

「お釈迦様の時代、究極の救いは、輪廻転生からの脱出でした。
 いわゆる解脱(ゲダツ)です。
 人間どころか、楽園のような天界の神々に生まれ変わったとしても、寿命がくれば、餓鬼界や地獄界へ行かざるを得ません。
 楽しい生活をしただけに、行く先との落差はどれほど恐ろしく感じられるか想像もつきません。
 だから、輪廻転生の原因となる迷いを根元から抜き去ってしまいたかったのです。
 そうして、経巡る六道(ロクドウ)から離れた先が声聞界(ショウモンカイ…教えを聴いて悟った世界)、縁覚界(エンガクカイ…周囲の縁によって悟った世界)、菩薩界(ボサツカイ)であり、仏界です。
 お母様がそれほどきっぱりと生まれ変わらぬように願われたのならば、もしかすると声聞や縁覚といったアラカンさんになれる人として再来するかも知れませんね。
 アラカンさんは、この世にいながら、この世の苦から脱することのできた人々ですから……。
 私は、祈りつつ感得したことがあります。
 モノとしての肉体が死後、分解されて大自然へ還って行くのと同じく、心やいのちもまた死後、霧散して目に見えぬ広大な世界へ還って行くのだとしか思えません。
 ピュアに成り切れば、迷いによって生じているこの世との縁がなくなるので、仏界へ行ったままの存在すなわち如来(ニョライ)になるのでしょう。
 そうなれず、この世に生じた者たちは皆、迷いの彩りをまとっているという共通点があるのです。
 お母様が強く望まれた『苦を離れたい』という思いは、無意識の裡に『迷いを離れたい』だったのかも知れませんね」

 Aさんの涙に自分の涙腺も潤むのを覚えながら、北尾克三郎師の文章を思い出していた。

「釈尊が断食苦行を中止し、沐浴によってからだを清め、牛乳粥を摂(ト)り、体力を回復し、涼しい木陰に坐したのは、断食や苦行によっては生きていることの真実は得られない、真実の生は肉体と精神の安らぎからこそ得られ、そこに生存していることの意義があると気づいたのだ。(この気づきが、さとりの原点である)
 そうして深い瞑想に入り、実在している自分に目覚めた。(これがさとりの本質である)
 では、真実の存在に目覚めるには、自らは何をしなければならないのか。
 まずは、清浄に生きることである。
 清浄に生きるとはどういうことなのか、そのためには、生存していることのインスピレーションを得なければならない。
 生存のインスピレーションとは、生きとし生けるものはみな、無垢なる生存欲にしたがって生活し、自然界とのバランスを自ら計り、無心にその生活と環境を守っているということである。
 自然界のバランスが崩れると、生存はないのだ。
 自然界を清浄に保つこと、そこに生きているものの根本の努めがある。」(「菩提樹下の思想」密教メッセージNO.20より)

 このインスピレーションが微(カス)かにでも兆(キザ)す時、現実生活・現代文明との乖離が観えて恐ろしい。
 写真家初沢亜利氏は、東日本大震災の被災地を撮った写真集『True Feelings』で述べている。

「生態系の内側で歴史上繰り返されたきた地震と津波の被害は、人類の過ちを意味するものではない。
 5カ月の間、宮城、岩手で私が意識的に向き合ったものは、人類の持つ強固な生命力と共に、精神的復興に欠かすことのできない忘却としたたかさであった。
 自然的治癒能力が人間を含め生態系の内側には存在しているのだ。
 しかし、原子核が融合して高エネルギーを生み出すという太陽圏に属する現象を、厚さ数キロの生態圏に持ち込み、ひとたび制御を失った時、地球内部での修復の糸口を見いだすことは不可能だ。」

 私たち人間は、あらゆる生きものたちが決して比肩できない最高度の知を手にしていながら、〈生存のインスピレーション〉からあまりにも遠く隔たった貪りと憎み合いと破壊行為とで苦しんでいる。
 人間以外の生きものたち皆が「無心にその生活と環境を守っている」というのに、人間だけが、まるで「生存はない」というところを目ざしているかのような営みを続けている。
 私たちの苦しみは、知の暴走によってもたらされているのではなかろうか。
 Aさんのお母さんは、肉体の苦しみの先に、もっと深い人間そのものの苦しみも観ておられたのではなかろうか。
 花やネコを愛しながら生まれ変わりを拒否しつつ逝かれたお母さんを偲び、考えさせられた。合掌

(当山は、プライバシーの保護には深く注意をはらっています。この文章も登場人物や表現に手を加えています)
 
 今日の守本尊千手観音様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。
https://www.youtube.com/watch?v=IvMea3W6ZP0


 ご関心のある方は当山のホームページ(http://hourakuji.net/)をご笑覧ください。
 山里の寺から、有縁無縁の方々の、あの世の安心とこの世の幸せを祈っています。

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