コラム

 公開日: 2015-09-16 

悪魔祓いについて ―村上春樹氏の場合、行者の場合―

 おはようございます。
 皆さん、今日もお会いできましたね。
 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被災された方々と、原発事故の現場をはじめ、復興に尽力しておられる方々に、み仏のご加護がありますよう心よりお祈り申し上げます。




 作家村上春樹氏は、最新刊『職業としての小説家』において、心理療法家河合隼夫の駄洒落を紹介している。
 故人となった河合隼夫は、かつて、会議に遅刻した小渕総理が「アイム・ソーリー、アイム・ソーリー」と謝りながら入って来たという話をした。

「河合先生の駄洒落というのは、言ってはなんですが、このように実にくだらないのが特徴でした。
 いわゆる『悪い意味でのおやじギャグ』です。
 しかし僕は思うんですが、それはそもそもできるだけくだらないものでなくてはならなかったんです。
 そうでなくては意味がなかった。
 それは河合先生にとっては、いわば『悪魔祓い』のようなものだったのではないかと僕は考えています。」

 駄洒落のたぐいにはほとんど心が動かず、たまに、綾小路きみまろに感心する程度の小生は「悪魔祓い」の言葉に驚いた。

「河合先生は臨床家としてクライアントと向かい合うことで、多くの場合、魂の暗い奥底まで、その人と一緒に降りていきます。
 それは往々にして危険を伴う作業になります。
 ひょっとしたら帰りの道筋がわからなくなり、そのまま暗い場所に沈みっぱなしになってしまうこともあるかもしれません。
 そういう力業の作業を日々、お仕事として続けておられます。
 そのような場所で糸くずのようにべったり絡みついてくる負の気配、悪の気配を振り払うためには、できるだけくだらないナンセンスな駄洒落を口にしないわけにはいかなかった。
 僕は先生のゆるい駄洒落を耳にするたびに、そういう感触を持ちました。
 あるいは少し好意的にすぎるかもしれませんが。」

 確かに、人生相談では、相手が階段を降りて行く過程に歩調を合わせる。
 そこで語られる言葉に耳を貸し、語られない言葉に心の耳をそばだてる。
 足先から徐々に冷たい水の中へ入って行くような状態になったりもするが、溺れたことはない。
 相手が目の前で溺れたこともない。
 すさまじい色情が火山のように爆発したり、顔の奧から別人が現れ声も切り替わってしまう映画もどきの現場に立ち会ったりはしたが、相手も自分も崩れなかったのは、ご本尊様のご守護に違いない。
 また、枕経の修法中に、暗黒の世界へ入りこみそうになる場合がある。
 瞑目した瞼の裏側から漆黒の沈黙が広がり、頭頂から地界へ溶け込んで行く感覚が生じる。
 祈りによってそこから必ず〈生還〉できているのも、ご本尊様のご守護に違いない。

「ちなみ僕の場合の『悪魔祓い』は走ることです。
 かれこれ30年ほど走り続けているんですが、毎日外に出て走ることで、僕は小説を書くことで絡みついてくる『負の気配』をふるい落としているような気がします。
 ゆるい駄洒落よりは、まわりの人を脱力させないぶん害が少ないんじゃないかとひそかに思っていますが。」

 村上春樹氏の言う「負の気配」は理解できるような気がする。
 知人の医師や作家を見ていても、そういうことだろうと想像できる。
 陽光の届かないところで時間をねじりながら過ごすことは、自然な生の営みではない。
 駄洒落、ランニング、あるいは飲酒や音楽鑑賞など、何らかの〈悪魔祓い〉は欠かせないのだろう。
 しかし、護身法を結んでからしか人生相談もご加持もご祈祷もご供養も行わない行者の場合は少々、事情が異なっている。
 確かに、法務を終えた後、心身の深い落ち込みに襲われる場合もあるが、それを引きずったことはない。
 お大師様と同行二人(ドウギョウニニン)になれば、結ばれた法は行者と相手と両方を必ず守っており、そうした実感が回復力の支えになっているのだろう。
 行者に悪魔払いは不要だが、護身法をきちんと結べなくなったら、ご縁の方々のためにも、修法はやめねばならないと覚悟している。

 それにしても、私たちは程度の差こそあれ、何らかの形で「負の気配」をまとい、何らかの形で「悪魔祓い」をしているのではないでしょうか。
 モーツァルトのミサ曲「アヴェ・ヴェルム・コルプス」や、ソニー・クリスの「アイル・キャッチ・ザ・サン」は、その一助になるかも知れません。





「のうまく さんまんだ ぼだなん あびらうんけん」※今日の守本尊大日如来様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。
https://www.youtube.com/watch?v=LEz1cSpCaXA


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 山里の寺から、有縁無縁の方々の、この世の幸せとあの世の安心を祈っています。

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