コラム

 公開日: 2015-09-23 

京都がま口に想う ―生きる意味を問い直し、生きている経験を取り戻す生活舞台へ―

 おはようございます。
 皆さん、今日もお会いできましたね。
 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被災された方々と、原発事故の現場をはじめ、復興に尽力しておられる方々に、み仏のご加護がありますよう心よりお祈り申し上げます。




 一休みしようと、薄いコーヒーを淹れてNHKテレビをつけたら、京都がま口についての再放送が流れていた。
 布のさまざまな味わい、留め金具のしまり具合や形や音、全体の大きさや形、私たちが〈佳い〉と感じるポイントは山ほどある。
 不思議なことに、どこで佳いと感じるか、そのポイントは一点だけ、しかも人それぞれである。

 最近手に入れたLUXMAN(40年前の製品)のチューナーを受信する作業に似ていると思った。
 高性能で機械が自動的に受信してくれるタイプではないので、自分でそのポイントを見つけなければ佳い音が聴かれない。
 目ではSメーターとTメーターを見ながら、耳は雑音の具合などを聴きとり、右に左にゆっくりとダイヤルを動かす。
 そして、〈決まった〉時に得られる爽快感に似たものは、一日に流れる24時間のうち、別な瞬間に求めることはほとんどできない。

 京都がま口の販売店では、買い手へ渡す時に必ず、留め金具の調整を行うという。
 売り手は、使い手がこれで佳い(私たちは普通こうした控えめな表現を用いるが、実は「これが一番佳い!」なのだ)と納得した状態で渡す。
 ここで、売り手は単なるモノの商人ではなく、買い手に接する最後の作り手として創造者の役割も果たしている。
 それによって、買い手におけるがま口は、単なる買ったモノ以上の存在になる。
 得たのはモノだけではない。

 ある染物屋は、明治時代に描かれた着物の図案集を参考にして日々、新しいデザインを模索している。
 5000以上もの図案はすべて手描きされており、今では誰も描けず、作れないだろうと言う。
 その一部を選んでパソコンへ写し取り、不要な部分を消すなどの考案を重ね、決まった柄の染め物を作り、がま口の布地にする。
 家具職人増野繁治師の言葉を思い出した。
「無から自分が創り出す新しい技法などはありません。
 ただただ、先人に憧れ、学ぶのみです。」
 この染物屋も、図案集の制作者もきっと、そうなのだろう。
 職人は常に、膨大な時を経て洗練に洗練されてきた文化のすべてを背負って滔々(トウトウ)たる流れの最先端に立つ人なのだろう。
 輪廻転生(リンネテンショウ)と因果応報の〈果て〉として〈今の生〉がある以上、当然だ。
 蓄積された情報に一滴、何らかのセンスが加えられて創造が成った時、私たちはその新鮮さに目を瞠(ミハ)らされる。

 最後に、一人で足踏みミシンを操りながらオーダーメイドのがま口を作っている職人とのやりとりが流れた。
 リポーター中越典子さんは、世界中から集められたという布地から表と裏と二種類を選ぶ。
 次の手順には驚いた。
 柄のどの部分を用いるかが決まったら、職人は目の前でそこをジョキジョキと切り取る。
 いったんハサミを入れたら最後、布は元に戻らない。
 裏地に選ばれたのは公園で遊ぶ女の子が描かれたアメリカ製の反物。
 一反を成していた部分が切り取られればもう、反物は一反ではなくなり、切り取られた部分は新しいがま口の一部となる。
 反物は死に、がま口が生まれる。
 死と再生を目の当たりにしたような気がした。
 買い手は、出来上がるまでの一部始終を眺めている。
 ここでも発注者が手にしたのは明らかに、モノだけではない。

 文化のいのちと価値について考えさせられた。

 東北大学名誉教授でものつくり生命文明機構理事の石田秀輝氏は「自然との折り合いがつくる、あたらしいものつくりと暮らし方のか・た・ち」(『風の旅人』第49号)にこう書いている。

「人類史を概観すると、物質的なものから精神的なものへの移管が繰り返されていることがわかる。」

「近代社会では、地下資源・エネルギーによる大量生産システムが、ICT(情報通信技術)などを通して世界均一的に展開し、現在、すでに物質的には飽和状態にある。
 まさに、次の精神的な文化価値への移行期ではないかと思う。」

 そして、氏はライフスタイルの変化に注目している。

「若者は車より自転車のほうがカッコいいと思い、フリーマーケットで物々交換することに抵抗がなくなり、家庭菜園で手間暇かけてつくった野菜に笑顔があふれ、週末は自然と触れ合うことを楽しみ、下手糞でも身の回りのものを自分で修理して長く使いたいと思うようになった。」

 氏は、利便性をとことん追求した「完全介護型のライフスタイル」でもなく、自力だけに頼る「自立型のライフスタイル」でもない、「生きる意味を問い直し、生きている経験を取り戻す生活舞台」が目指されると説いた。
 そこでは「ちょっとした不便さや不自由さを、自らの知恵やスキルで埋めることにより、愛着や充実感、達成感を生み出すことが可能になる。」と言う。

 この「生活舞台」では文化が生きている。
 文化とは、引き継がれ、工夫され続け、私たちの日々に潤いと豊かさを与えてくれるものではなかろうか?
 言葉を換えれば、繊細で深い心の琴線が奏でるメロディーの総体こそ文化と呼ばれるものではなかろうか?
 今日は彼岸供養会。
 文化に恵まれた一日が始まる。
 ありがたい。

 今日の守本尊虚空蔵菩薩様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。
https://www.youtube.com/watch?v=IY7mdsDVBk8


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 山里の寺から、有縁無縁の方々の、あの世の安心とこの世の幸せを祈っています。

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