コラム

 公開日: 2015-09-28 

「カインド・オブ・ブルー」と現代の強迫観念

 おはようございます。
 皆さん、今日もお会いできましたね。
 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被災された方々と、原発事故の現場をはじめ、復興に尽力しておられる方々に、み仏のご加護がありますよう心よりお祈り申し上げます。






 マイルス・デイヴィスの名盤「カインド・オブ・ブルー」は、ピアニストのビル・エヴァンスによれば「レコーディングのわずか数時間前に」コンセプトが決められた。
 そして、マイルス・デイヴィスは、「グループが何を演奏するかを示唆した草案と共にスタジオ入りした」という。
 だから、「グループのメンバー達は、レコーディング以前にこれらの曲を演奏したことがない」。
 ビル・エヴァンスは、こともなげに「新しい曲でインプロヴィゼーション(即興)を行うことを要求されるのはジャズ・ミュージシャンにとって珍しいことではない」と言うが、その結果が示すレベルの高さには圧倒されるのみだ。
 参加したドラマー、ジミー・コブは言った。

「天国で作られたアルバムだ」

 アルバムは「So what」で始まる。
 この言葉はマイルス・デイヴィスの口癖だった。
 日本語に訳すと「それがどうしたというのか」、「そんなことかまわないではないか」となる。
 ただ事ではない。
 居直り、突き放し、冷淡、傲慢、無責任、虚無主義など、よからぬイメージが次々に湧き出る。
 実際この〈帝王〉は、一筋縄ではゆかぬつき合いづらい人物だったらしいが、作品にはそうした突っかかりが皆無だ。
 淡々と、あまりにも淡々と完璧に構築された世界へ誘う。
 その完璧さと即興との乖離は、理解しようがない。
 私たちの日常は、あれもこれも何とか思うどおりにしたいと頑張る瞬間の連続だが、いくらやっても多くの場合、何ごとであれ、完璧にはなされない。
 しかし、この作品は聴き手の心から完璧という観念そのものを導き出す。
 完璧とは何であるかを証明しているとすら思える。
 どういうことなのか……。

 さて、「So what」の気分はニヒリズムへ通じている。
 思想家佐伯啓思氏は「虚無のさなかにあって」(『風の旅人・49号』)の中で、たかだかここ半世紀の間に広がった「経済成長」という強迫観念について書いた。
 約200年前まで、「きわめて長い間、人々は、成長とか増加とか発展とか拡張といった観念とは無縁に過ごしてきた」。
 そこでは、「自然と社会と人々の間に生みだされる調和と、そのうちにおこる循環の構造を当然のものとしてきた。」のであって、「時間は直線的に前へ前へと突き進むものではなく、ゆったりと循環するもの」だった。
 ところが今はどうだろう。
 個人も社会も国家も、まるで鼻先へニンジンをぶらさげられた馬のように、「指数的成長」を競って止まず、先頭を争いながら突き進み、有限な資源を奪い合い、有限な地表の線引きに角突き合わせ、勝者には一生使い切れないほどの富をもたらす一方で、敗者からは落ちついた人生を営む基盤が失われた。
 こうした富と人口の爆発には何らかの意味があったのか?

「人と自然が、人と宇宙が、人の生と死が切りはなされ、その結果、人は、自らの存在の意義を、自らの力で証明するほかなくなった。
 いわば丸裸で真空のなかに投げ出され、しかも、自分で自分のよって立つ支えを作りださなければならなくなった。
 しかし、そんなものはもとよりあるはずもなければできすはずもない。」

 平成26年12月、危険ドラッグを吸って女性に切りつけ逮捕された田中勝彦容疑者(32歳)は、自分にマスコミのカメラが向けられていることに気づくと狂喜して「しぇしぇしぇのしぇー」などと騒いだ。
 テレビのニュースで目にした信じられぬシーンは忘れられない。
 〝――とうとう、ここまで来たか〟
 この〈時代〉が心底、恐ろしく、震え上がる思いだった。
 彼のピースサインは、歴史の泥に呑み込まれる人々の愚かしくも哀しい一瞬の狂い咲き、空しい喘ぎだったに違いない。 

 佐伯啓思氏は言う。

「先の見えない『虚無』の霧の向こうにあるものは、透明の『無』である。」
「この一切の意味を剥奪された『始まり』が、その後のすべてをうみだしたのである。
 そして、その始まりの根元には『無』がある。」

 振り返って見れば、現状を眺めれば、そしてこの先を想像してみれば、200年前に始まった富と人口の増加という〈始まり〉に、調和と循環という安心の土台を破壊してよい何らかの意義も、意味も、目的も見出せない。
 そのことを佐伯啓思氏は「無」と言った。
 私たちは無に始まった何ものかの奔騰に翻弄され、強迫観念となった「成長神話」にしがみつき、無へ向かって走る。

「カインド・オブ・ブルー」が録音されたのは昭和34年(1959年)、経済成長が強迫観念となり始めた時代だった。
 天才マイルス・デイヴィスは、繁栄が約束された戦勝国に暮らしながら、すでに〈祭〉の裏側で繰る虚無に気づいていたのではなかろうか?
 そして、それを完璧に描き出してしまった……。
 レコードとCDは、これまで1000万枚以上も売れたらしい。
 マイルス・デイヴィスも、ビル・エヴァンスも、ジョン・コルトレーンも、キャノンボール・アダレイも、ウィントン・ケリーも、ポール・チェンバースも逝き、ドラマージミー・コブだけが80才を過ぎてからも演奏を続けている。
 この「憂鬱な気分」の青い炎は、今も世界中で燃えている。
 日常生活に満ちる強迫観念から確実に救う魔力を持った不思議なブルーである。

「のうまく さんまんだ ぼだなん あびらうんけん」※今日の守本尊大日如来様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。
https://www.youtube.com/watch?v=LEz1cSpCaXA


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 山里の寺から、有縁無縁の方々の、この世の幸せとあの世の安心を祈っています。

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