コラム

 公開日: 2015-09-30 

【現代の偉人伝】第212話 ―御嶽山の噴火から生還した女性―

 おはようございます。
 皆さん、今日もお会いできましたね。
 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被災された方々と、原発事故の現場をはじめ、復興に尽力しておられる方々に、み仏のご加護がありますよう心よりお祈り申し上げます。








  どうしても忘れられない一文があり、切り抜きをひっくり返して書いている。

「山にゴミを残してはいけないと、テントやダウンジャケットはザックにしまった。」(平成27年9月27日付産経新聞『御嶽山噴火 風化に危機感、語る決意』より)

 ちょうど1年前の平成26年9月27日、長野、岐阜両県にまたがる御嶽山が噴火し、死亡者58名、行方不明者5名という大惨事になった。
 噴火の翌日に撮影され、9月29日付産経新聞に写真が掲載された女性による言葉である。
 周囲にいた人々が死に絶えて行く中で生き残った女性は、「生き残れたのは噴石が当たる、当たらないの運、どこに当たったのかの運もあると思う。でも、少しだけ準備していったことも大きい」と考え、一年経った今、匿名で口を開いた。
 以下、記事の抜粋である。

「何かがはじけるような『ポン』という感じだったと記憶している。
 音がした方向を見ると、黒煙がモクモクと上がっていた。

 午前11時52分。御嶽山噴火。だが現実と受け止められなかった。
『まさか、この山とは思わず、どこか他の山かなという感じで…』。
 においや揺れといった確たる変化もなかったため、直後は周囲の登山客と同様に噴煙を写真に収めていた。

 現実を突きつけられたのは10秒ほど後。気付くと周囲は真っ暗に。
『逃げる時間はなかった』。
 近くに身を隠せるような岩も見えたが『その場で立ち尽くすというか、動けなかった』。
 噴煙は、もう目前に迫っていた。
 女性は迫り来る噴煙に背を向けるしかなかった。
 (噴煙は熱く)サウナに入ったような感じで『焼け死ぬのか、溶けるのかな』と思った」

 体験したことのない状況に陥った時、私たちは現実感を失う瞬間があるのだろうか。
 死が迫っているのに、眺めたり、写真を撮ったりしようとする。
 東日本大震災のおりにも、津波が逆流してくる川を近くから眺めたり、家々の裏側まで津波が来ていてもゆっくり歩いている人々などがいた。
 危険が非日常的なレベルに達してしまうと、とっさの行動がとれなくなるのだろう。

「噴石が襲ってきたのは噴火から1分もしない頃だった。
 山梨県富士山科学研究所の試算では、火口から噴石が出た速度(初速)は時速360~540キロ。
 地面に衝突した際の速度は最低でも108キロだったという。
 女性にもそんな噴石が容赦なく襲い、ザックで隠れていない後頭部や腰を直撃した。
『折れたかなと思うほど、これまで受けたことのない衝撃』。
 実際に腰の軟骨は折れていた。

 噴石の勢いが少し弱まったとき、近くで一緒にしゃがんでいた男性が声を掛けてきた。
『起き上がれないから起こしてくれ』。
 男性の体を支えてあげたが、すぐにばったり前に倒れた。
 どうすることもできず、男性の口に付いた灰を拭ってあげるしかなかった。

 その直後、噴石が再度襲ってきた。
 最初より激しく降り注いだ噴石は次々と体に直撃、最後に身体が地面に沈むくらいの衝撃を左腕に受けた。
『痛い、熱い、しびれ。味わったことのない感覚だった』。

 噴石の勢いが弱まり、体を起こした。
 周囲で動ける登山客は3、4人。
 口を拭った男性は亡くなっていた。
 自身はおなかに重たいものを感じた。
 噴石の直撃でちぎれた自分の左腕だった。
 体に少しだけくっついた状態で傷口から血が滴り落ちている。
『止血お願いします』。
 必死に叫んだ。

 男性が手拭いで止血を試みたが、傷口に驚いたのか結びが緩く、別の男性がきつく結び直してくれた。
 腕をなくしたことは残念だが、命を落とすことはなかった。
『とりあえずここまで乗り切れたから、生きよう』。
 そう思った。」

 天災の凄まじさ、逃れようのなさが表れている。

「無事だった登山客に下山しようと言われたが、貧血がひどく、腰にも違和感があった。
『歩けない』。
 その場に残る決断をした。

 100メートルほど離れた場所に、身を隠せそうな石造りの台座を見つけた。
 左腕を抱き、何度も気を失いながら、足とお尻を使い、尺取り虫のように進んだ。

 途中にうずくまる登山客の男性がいた。
『一緒に行きませんか』。
 声を掛けると、男性は時間をかけて台座近くまで来た。

 長い時間を費やして移動し、台座を背にした頃には日が沈みかけていた。
 台座周辺には別の男性が1人いて、携帯電話で通話していた。
 相手は家族だろうか。
『今噴火にあって、ちょっと無理かもしれないけど、俺は絶対に帰るから』。
 そう告げていた。」

 私たちは〈誰かと一緒にいる〉ことで、ある種の勇気をもらえる場合がある。
 おおげさに言うと、それは生きる力につながっているのかも知れない。
 ごく普通の日常生活においても、近くにネコやイヌが一匹、いるのといないのとでは、空間の温かさがまったく違う。
 昔、出張してきていた人と一杯やった時のことである。
 彼は突然、しっぽが長く敏捷(ビンショウ)な三毛猫の話を始めた。
 毎日、夫婦して面倒を見ているのに、どこかよそよそしく、お気に入りの場所は飼い主の膝ではなく箪笥の上らしい。
 それでも、彼は数日の出張中にも猫を思い出している。
 とうとう感極まったような声を上げた。
「ああ、猫に会いてえ」
 孤独な仕事に就き、繊細に、綿密に周囲を観察している彼だからこそ、名前ではなく「猫」と言ったのだろう。
 あの時、いのちあるものと〈共に在る〉ことの重さをあらためて実感させられた。
 ましてや、噴石と火山灰に埋もれた極限状態でそばに人がいることは彼女にとってどれだけの掬いだったか……。

「夜になるにつれ風が強くなり、標高3千メートルの過酷な環境が女性たちを襲った。
 女性は日が暮れる前、台座の前を歩いて通り過ぎようとした男性に頼み、ザックの中からダウンジャケットと簡易テントを出してもらい、防寒対策として体に巻きつけていた。

 ふと携帯電話をみると、一緒に登っていた友人から何度も着信があった形跡があった。
 友人は無事だったんだ。
 少しだけほっとして折り返し電話をかけた。

 周りが暗くなる中、ただ寒さに耐えた。
 長野地方気象台によると、標高1千メートル付近にある御嶽山麓の開田高原で噴火翌朝の最低気温は6・6度。
 女性が一夜を過ごした標高3千メートル付近は氷点下だったことが想像される。
 過酷な環境に耐えられたのは、携帯電話から聞こえた友人の励ましの声だった。
『私がここで死んだら友人はきっと自責の念にかられる。だから生き抜こう』。
 勇気を振り絞った。

 救助されたのは噴火から丸1日が経過した28日午後0時半。
 台座の周囲にいた2人の男性は息を引き取っていた。
 山にゴミを残してはいけないと、テントやダウンジャケットはザックにしまった。」

 ここで重大な内容が二つ、語られている。
 一つは、一緒に登りながら別々に非難するはめになった友人が助かっており、自分がもし死ねば、友人の心に拭い去れない自責の念をもたらすだろうと冷静に考え、生き抜こうと決心したことである。
 もう一つは、周囲に人々の死を観ており、歩けないほどの重傷を負っていながら、「山にゴミを残してはいけない」と「テントやダウンジャケット」をしまったことである。
 北野武は近著『新しい道徳』で喝破している。

「本来、電車の席は、全部が優先席だ。
 前に年寄りが来たら、子供は有無をいわずに立つ。
 そこに理由なんて必要ない。
 ところが、今の道徳では、年寄りに席を譲るのは、『気持ちいいから』なんだそうだ。
 席を譲るのは、気持ちがいいという対価を受け取るためなのか。
 だとしたら、席を譲って気持良くないなら、席なんて譲らなくていいという理屈になる。
 年寄りに席を譲るのは、人としてのマナーの問題だ。
 美意識の問題といってもいい。
 マナーにいちいち小理屈をつけて、気持ちいいから譲りなさいなんていうのは、大人の欺瞞以外の何ものでもない。」

 この女性は、日本人のマナー、美意識を世界中に知らしめたと言えないだろうか。

「心身ともに負った大きな傷。
 それでも経験を語ろうと決意したのは、連日のように自然災害の脅威が伝えられる中、御嶽山の噴火が忘れ去られるのではないかと危機感を抱いたからだ。

 生死を分けたのは何だったのだろうか。
『御嶽山は初心者でも気軽に登ることができるだけに、十分な準備をしている方は少なかった。生き残れたのは運もあるが最低限の準備をしていったからだ』と言う。

 女性は登山の際、日帰りでも簡易テントは必ず携行し、3千メートル級の山にはダウンジャケットも持っていった。
 夜になるまで生存していながら周囲で亡くなった登山客は、ダウンジャケットや簡易テントは持っていなかったようだった。
 生死を分けたのは『その差』と思っている。

 4月に職場復帰し、山登りも再開したが、火山へは二度と登るつもりはない。
 御嶽山噴火から1年。
『もし山へ行かれる方は、リスクを考え準備をしてほしい』。
 最後にそう訴えた。」

 女性は「自分の体験を誰かのために役立てたい」という一心で語ってくれた。
 これなら、たけしの言う〈道徳〉に合致しているだろう。
 現代の偉人伝にふさわしい。

 ところで、10月10日に開催する当山の寺子屋『法楽館』でも、津波から生き残った方が「自分の体験を誰かのために役立てたい」という一心で語る講話を聴く。
 講師のは、ゆりあげ港朝市協同組合理事長の櫻井広行氏である。

「人は『まさか自分が・まさかそんなことは起こらないだろう』と思ってしまう生き物です。」

「100回の避難が無駄足でも、101回目のために真っ先に避難してください。
 そして、安全が確認されるまでは決して戻らないでください。
 あなたの大切な人が、あなたを助けようとして災害に巻き込まれることがないように。」

 ぜひ、多くの方々にお聴きいただきたい。
  
 今日の守本尊不動明王様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。
https://www.youtube.com/watch?v=EOk4OlhTq_M


 ご関心のある方は当山のホームページ(http://hourakuji.net/)をご笑覧ください。
 山里の寺から、有縁無縁の方々の、あの世の安心とこの世の幸せを祈っています。

この記事を書いたプロ

大師山 法楽寺 [ホームページ]

遠藤龍地

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TEL:022-346-2106

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