コラム

 公開日: 2015-10-01 

10月の運勢 ―「邪慳」について、たけしと村上春樹に学ぶ―

 おはようございます。
 皆さん、今日もお会いできましたね。
 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被災された方々と、原発事故の現場をはじめ、復興に尽力しておられる方々に、み仏のご加護がありますよう心よりお祈り申し上げます。





 今月の運勢(運気、生き方のポイント)について記します。
 私たちは、自分が正しいと思う時、あるいは相手が間違っていると思う時、強気になり、あるいは邪慳になり、あるいは攻撃的になります。
「他人に後ろ指を指されない」と信じられる生き方をしていることは誇りであっても、その〈正しさ〉をふり返る心の余裕のあるなしが大問題です。
 私たちは、人が神でなく、いつでも〈自分が正しいと過つ存在〉であることを忘れないようにせねばなりません。

 たとえば誰かが自分の夢を語った時、心に余裕のある状態で聴けば「そう。それで?」とか「それはすばらしい、あなたなら、きっと実現できるよ!」と応じるような人でも、昨夜の夫婦げんかの余韻を引きずっている朝であれば、気のない返事しかできない場合があります。
 すると、きっと理解し、共感し、もしかすると手伝ってくれるかも知れないと小さな期待を抱きながら勢い込んで話した人は、がっかりするだけでなく、ムッとするかも知れません。
 さて、この状況で大切なのは、一瞬、頭に血が上っても、〝えっ!こんな人だったの?〟と決めつけないことです。
 もちろん、〝もう、絶好だ!〟などど心に誓ってはなりません。
 それでは、あなたが相手を〈友だち甲斐がない〉と非難する以前に、あなたが相手にとって〈友だち甲斐がない〉人になっています。
 〝今日はどうしたんだろう?〟と、早く話題を切り替え、相手の様子を窺ってみましょう。
 客観的に見れば、相手が真剣に話しているのに、ムシャクシャしながら上の空で聞いたことも人間としての〈小さな過ち〉ですが、カッとなって大切な人間関係をどうこうしてしまおうとするのも〈小さくない過ち〉と言えるのではないでしょうか?

 ちなみに、たけし氏は『新しい道徳』で、さすがの指摘をしています。

「これはあくまで印象だが、誰も彼もがインターネットを使うようになって、世の中が昔より不寛容になった気がする。
 自分と違う意見の人間、異端児とか異分子に手厳しくなった。
 正義感を振りかざし、誰かが何か間違ったことをしたら、徹底的に叩きのめさなくては気がすまない、みたいな奴がやたらと多い。」

「『この中で罪を犯したことのない人が、最初に石を投げなさい』
 キリストにそういわれて、昔の人はみんな黙り込んでしまったけれど、今は『じゃあ、僕から』って、どんどん石を投げちゃうんじゃないか。
 ネットの世界には、そういう奴らがうじゃうじゃいるように思えてならない。」

 石を投げる話は、姦通した女性がイエスの前に連れ出された時、〈皆が石を投げつける石打の刑でこの女性を殺したいのなら、自分がそうした罪を犯したことのない人がやりなさい〉という意味で人々に問いかけたところ、誰も石を投げられず、イエス自身も彼女を許したという逸話を意味しています。
 他人へ厳しい態度をとるのなら、まず、自分自身がそうする資格のある人間かどうか振り返る必要があります。
 古人は言いました。

「人の振り見て我が振り直せ」

 英語のことわざはもっと直截的です。

「The fault of another is a good teacher.」

(他人の過ちは、よい教師である)
 こうした智慧や態度が失われれば人間は向上せず、社会は刺々しくなります。
 お互い、気をつけたいものです。

 作家村上春樹氏は、優しいのに、何でも妻に任せっきりで自分からやろうとしない夫を責める妻へ、諭しています。

「そう言われると、僕も耳が痛いです。
 現実的な段取りになると、僕もからきし駄目なところがあって、『ま、適当にやってよ』と丸投げして、よくうちの奥さんに文句を言われています。
 でもね、きっといろんな手配とか段取りとか、現実的なことになるとあなたの方がずっと手早く、ずっとお上手なんだと思いますよ。
 だからなんとなく『よろしく』とまかせてしまう。
 その方が結果的にうまくいくから。たぶん彼が段取りをすると、あなたはぜんぜん気に入らないと思います。
 そういうのって適性があるし、しょうがないです。あきらめましょう。」

 今日の守本尊阿弥陀如来様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。
https://www.youtube.com/watch?v=4OCvhacDR7Y


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 山里の寺から、有縁無縁の方々の、あの世の安心とこの世の幸せを祈っています。

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