コラム

 公開日: 2015-10-05  最終更新日: 2015-10-06

そもそも平和とは何だろう? ―安全と安心、運動会の現実、アリの社会―

 おはようございます。
 皆さん、今日もお会いできましたね。
 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被災された方々と、原発事故の現場をはじめ、復興に尽力しておられる方々に、み仏のご加護がありますよう心よりお祈り申し上げます。




〈もっとも抱きしめてやりたくなったお子さん〉

「不戦日本」を祈りつつ考えた。

1 平和とは何か?

 私たちが求める平和とは何だろう?
 ピースの語源からして、平和とは「力によってつくられる秩序」であり「戦争のない状態」であると定義される。
 しかし私たちが平和という言葉に期待する内容はそれだけにとどまらない。
 抵抗できないほどの圧制に苦しむ状況下でも戦争はないが、その状態が平和であるとは感じられない。
 では、私たちは平和という言葉に何を期待しているのだろう?
 平和とは「平らかに和する」と読める。それは誰でも平等に親和できる状態ではなかろうか。
 そこには社会の治安的平安も個人の心理的平安もある。
 そこでは他人同士の心が温かく通じ合う、あるいは少なくとも他人を警戒しつつ接し合わなくても済む。
 私たちはこうした状態をこそ求めているのではなかろうか。

2 安全と安心

 平和をめぐる一種のズレは、安全と安心の関係に似ている。
 安全は危険のない状態であり、ある程度の数値化もできる。
 一方、安心は不安や怯えのない心の状態であり、個々人の判断基準によって異なる。
 だから、安全とされる社会でも安心できない人がおり、安全度が低い社会で安心に暮らす人もいる。
 とは言え、安全な社会は安心に暮らす可能性を高め、安全度が低い社会は安心に暮らせない可能性を高めることも確かである。
 いずれにせよ、最も大切なのは個々人の安心であり、安全はそれを得るための有力な〈手段〉であるという順番は忘れてならないと思う。

 安全であればよいという考え方はブロイラー的になる危険性がある。
 ブロイラーは管理された安全な環境で驚異的な成長を遂げて私たちの食生活に寄与するが、不自然な成長のため3パーセントは歩行できなくなり、1パーセントは心臓疾患で死ぬ。
 鶏ですら、効率よく安全に管理された生活だけでは元気に生きられない。
 人間の心はもっとデリケートである。
 アメリカの核兵器と原発の稼働によってもたらされる軍事的・経済的〈目先の安全〉がいかに多くの人々の心から安心を奪っているか、よくよく考えたい。

3 運動会にて

 縁あって保育所の運動会へ行った。
 晴天下、「やぎさんゆうびん」などの歌が流れ、万国旗がはためく中で嬉しそうにしているのは保護者たちだ。
 子供たちは不安そうであり、緊張しながらも、先生に活き活きと付き従っている。
 定番のかけっこが始まった。
 覚悟もあらわにスタートラインで待つ子供、拳に気合を入れて構える子供、夢中で走る子供、バンザイをしながらゴールする子供、――だけではない。
 一人で高揚している子供、これから何をするのかわからない子供、「よういドン!」となっても走らず歩く子供、泣きながら走る子供、先生に手を引かれる子供、小走りの先生に抱かれたままの子供、――もいるのだ。
 普通に走らない、あるいは走れない3才から5才の子供たち……。
 その数の多さに血の気が引いた。
 自分が同じ年令だった頃のことはもちろん覚えていないが、我が子がその年令だった頃は、こうした光景を目にした記憶がない。
 いったい、どうしたのだろう。
 そして、一緒に走れない子供たちの未来はどうなるのだろうか?

4 もっとはたらくみんな

 さて、安倍総理は「1億総活躍社会」を目指し、担当閣僚も置くらしい。
 ところで、文科省の「学習指導要綱」は「社会全体や他人のことを考えず、専ら個人の利害損得を優先させる。物や金等の物質的な価値や快楽が優先される。ゆとりの大切さを忘れ、専ら利便性や効率性を重視する。」風潮を問題視している。
 しかるに、現政権の金看板は明らかに〈個人の〉懐が温かくなりますよという前提で、まず〈物質的な〉欲望をかき立て、そうした社会になるための〈効率性〉をうたい文句にしている。
 これ以上、みんなが稼げば、私たちはよりよい平和な社会で暮らせるのだろうか?
 そもそも、みんなが活躍する、みんなを活躍させよう、といった発想自体、いかがなものか。
 アリにも明らかなとおり、2割ほどがリーダーシップを発揮し、6割ほどが役割に順応し、2割ほどは枠から外れているのが健全な社会なのだ。 
 遊んでいるアリは、必死にはたらいて早めに死ぬアリの予備軍であり、全員を無理にはたらかせれば相次ぐ過労死によってアリは全滅するという。

5 平和の内容をつきつめる

 国家の命運を決める平和の問題は文化の根幹に関わっており、システムや損得やかけひきだけでは決められないのではなかろうか。
 政治家や軍人任せにせず、人格・識見に秀でた幅広い分野の人物が国民の前で正面から堂々と卓見をぶつけ合い、多くの国民が納得できる方向性を粘り強く探求し、政治に反映させていただきたい。
 その際、論議を眺め、あるいは投票もする私たちは、求める平和そのものがいかなるものか、自分の心に正直でありたい。
 そして、みんなが平和であると実感できる社会を目ざしたい。

 今日の守本尊虚空蔵菩薩様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。
https://www.youtube.com/watch?v=IY7mdsDVBk8


 ご関心のある方は当山のホームページ(http://hourakuji.net/)をご笑覧ください。
 山里の寺から、有縁無縁の方々の、あの世の安心とこの世の幸せを祈っています。

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