コラム

 公開日: 2015-10-06 

『ヒマラヤの民話を訪ねて』 ―ネズミと毘沙門天―

 おはようございます。
 皆さん、今日もお会いできましたね。
 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被災された方々と、原発事故の現場をはじめ、復興に尽力しておられる方々に、み仏のご加護がありますよう心よりお祈り申し上げます。




 作家茂市久美子氏は、昭和52年から、標高5000メートル級の山々が連なるヒマラヤの奥地を訪ね、民話の聴き取りを行った。
 シェルパが活躍していた空間はまるで「昔話の世界」だったという。
 そして、膨大な民話から41編を選び『ヒマラヤの民話を訪ねて』にまとめた。
 その中に、私たちにもなじみの深い毘沙門天(ビシャモンテン)についての言い伝えがある。
 「前世での行い」と題された1編を読んでみたい。

 昔、トット・メルン・ドルジェというたいそう頭のよい男がありました。
 天涯孤独の身で、僧侶のような暮らしをしていました。
 また、とても貧しくて、ランマという灌木の細長い葉っぱばかり食べていたため、顔の色が茶色でした。

 あるとき、トット・メルン・ドルジェは、七日間、一心に神さまのギャルプーナムディセー(毘沙門天)にお祈りしました。
 はたして、七日目に祈りは通じ、神さまが現れて、
「どうしたのじゃ、何を困っておるのじゃ?」
と訊ねました。
「私は、長い間、ランマの葉っぱばかり食べて暮らしてまいりました。
 けれども、これからは少し豊かな暮らしがしたいと思います。」
 トット・メルン・ドルジェが答えて言うと、神さまの手から、たくさんの宝石が出てきました。

 ところが、神さまが帰ったあと、トット・メルン・ドルジェが宝石にさわると、それはただの石に変わってしまいました。
 トット・メルン・ドルジェは、ふたたび祈って、ギャルプーナムディセーをよびました。
 しかし、今度もまた、神さまのくれた宝石はただの石に変わってしまいました。

 こうなったわけは、トット・メルン・ドルジェの前世での行いがあまりよくなかったためでした。
 ただ、その彼にも、前世においてたったひとつだけ、よい行いがありました。
 それはトット・メルン・ドルジェが若いころ、コンブ―村でヤギ飼いをしていたとき、蟻の巣の上に、自分の食べた麦こがし(ツァンパ)の残りを落としてあげたことでした。
 そこで、神さまはトット・メルン・ドルジェに言いました。
「コンブー村に行くがよい。
 おまえの願いがかなうであろう。」

 トット・メルン・ドルジェがコンブー村にやって来て、しばらく経ったある日のことです。
 物乞いをした家で、普通の人なら二日かかるお経を一日で読んでくれる僧侶を探していました。
 わけを尋ねると、病人がいて、もしも一日でお経を読んでもらえば、病気が直るといいます。
 頭のよいトット・メルン・ドルジェには、お経を一日で読むなどわけのないことでした。
 そこでさっそく病人の枕元にすわり、二日かかるお経を一日で読んであげました。
 すると、あくる日、病人はすっかり元気になって起き上がりました。

 このうわさは、あっという間に村中に広まりました。
 トット・メルン・ドルジェの前には、次から次と病人が現れはじめました。
 トット・メルン・ドルジェはそのたびに、普通の人ならば二日かかって読むお経を一日で読みあげ病人を助けました。
 日が経つにつれ、トット・メルン・ドルジェは、コンブー村で大変有名になっていました。
 彼の直した病人は百人にものぼり、今や、その暮らしはとても豊かでした。

 じつはその病人たちは、前世でトット・メルン・ドルジェが麦こがしをやった蟻たちだったのです。
 蟻たちは、現世では人間に生まれ変わり、トット・メルン・ドルジェを助けたのでした。

 毘沙門天は、福徳・財産の神として広く信仰を集め、現地の尊像では、宝ものを吐くネズミが掌に乗っている。
 何の変哲もない民話だが、著者は実際に、神への祈りによって救われたとしか思えない人々に会っている。
 ヒマラヤならではの生活や信仰があるのだろう。

 小生も托鉢の途中で幾度となく、ご祈祷やご供養を頼まれた。
 玄関の上がり框(カマチ)にギックリ腰で立てないご婦人がおられ、一心にご加持法を行った農村の光景が懐かしく思い出される。
 団地では、ちょうど亡きご主人の命日に玄関を叩き、泣いて喜ばれつつ般若心経を唱えたこともあった。
 漁村では、出向中の船が無事、帰ってくるよう祈った。
 あいにく〈前世のネズミたち〉ほどのご利益にあずかってはいないが、中年にさしかかって開基した寺院が何とか成り立っているのは、どこかで毘沙門天が見守っておられるのかも知れない。
 そう言えば、四国八十八霊場を巡拝した際にお会いした雲辺寺の毘沙門天像は今も脳裏に残っている。
 NHKの大河ドラマで、上杉謙信率いる騎馬武者たちが吹雪の中を越後へ引き返すシーンも忘れられない。
 蹄の音ではなく、謙信の守護神である毘沙門天の真言「おん べいしらまんだや そわか」を唱える僧侶たちの読経が、次々と闇へ消えて行く武者たちを追うように流れていた。
 托鉢の途中で幾度もお救いいただいた毘沙門天の真言はもう口癖に近い。
 そんな小生はこの民話に強く心をうたれ、転記した。

「のうまく さんまんだ ばざらだん かん」
 今日の守本尊文殊菩薩様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。
https://www.youtube.com/watch?v=WCO8x2q3oeM


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 山里の寺から、有縁無縁の方々の、あの世の安心とこの世の幸せを祈っています。

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