コラム

 公開日: 2015-10-29 

来世と責任 ―『チベットの生と死の書』を読む(2)―

 おはようございます。
 皆さん、今日もお会いできましたね。
 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被災された方々と、原発事故の現場をはじめ、復興に尽力しておられる方々に、み仏のご加護がありますよう心よりお祈り申し上げます。




 ソギャル・リンポチェ師の著書『チベットの生と死の書』は、生と死を考える人へ重要な示唆を与えるであろう一冊である。
 伝統仏教の最先端を示し、かつ、最奧をもかいま見せる高貴な魂の結晶である。
 師は「仏法をより近づきやすいものに、現代的、実践的なものにするために著した」とされているが、700ページ近い力作で、なかなか読み通せないかも知れない。
 以下、全体の概要というよりは、いくつかのポイントを挙げておきたい。

「私の知っている仏教の師の何人かは、教えを乞うて訪ねてくる者にただひとつ簡単な質問をする。
『あなたは来世を信じますか?』。
 これは興味深いことだ。
 哲学的命題として信じるかと聞いているのではない。
 心の奥深くでそう感じているかと聞いているのだ。
 この師たちは、人が来世を信じるようになるとその人生観全体が変わり、人間としての確かな責任感と道徳観をそなえるようになることを知っているのだ。
 この師たちが危惧するのは、のちの生を強く信じることのない者たちが、みずからの行為のもたらす結果について深く考えることのないままに、目先の利益にとらわれた社会をつくってゆくことだ。
 これこそが、わたしたちが今生きている世界をこのように野蛮な、真の慈悲というもののほとんど存在しない世界にしてしまった、その大きな原因なのではないだろうか。」

 小生は自分の体験上も、これが真実であると思う。l
 本当に自分は来世があると感じているかどうか?
 これが仏教者となって以来、これまでで最大の問題だった。
 決して「哲学的命題」ではなく、自分の前世が誰だったかという興味などの話でもなく、心といのちの世界が自分の死後も続き、そこに自分がまた、生きものとして生じると感じられるかどうかという〈存在の実感〉についての確信が問題なのだ。
 考え、祈り、瞑想した結果、お釈迦様の言われたとおり、お大師様の書き遺されたとおり、自分は輪廻転生の途中にあると実感するに至った。
 そうなってみると、観えていなかった世界がやや、わかるようになった。
 自分も含め、わたしたちはいかに「目先の利益」にとらわれつつ、この世を慌ただしく生きていることか。
 付け焼き刃よろしく目先を変えた急ごしらえの〈政策〉が次々と掲げられ、何もかも〈改革〉しない限り私たちは幸せな生活ができないかのごとく脅される。
 実に、師が説かれるとおり「野蛮な、真の慈悲というもののほとんど存在しない世界」になっている。
 この世が〈通過点〉であると気づきさえすればきっと、今よりは優雅で思いやりにあふれ、後の世へ対する責任の果たせる国家社会、そして文明になって行くだろうに……。

 こうした気づきのために、家族生活、そして先祖供養の果たす役割は極めて大きい。
 家族生活を通じて、いのちと心のバトンタッチが実感され、自分も〈受け渡す役割〉を負ったランナーの一人であると実感される。
 こうした〈つながりの感覚〉は、私たちの精神を荒廃へ向かわせない大きな力となる。
 先祖供養を通じて、自分へ結晶している膨大な過去の人びとの生き死にが想像される。
 まぎれもなく、ご先祖様のなにがしかが自分へ流れ込み、自分を形づくっている真実に感謝の念が起これば、自分もまた、自分の死後の世界を構成する人びとへ何を残すべきか、いかなる社会であって欲しいかを真剣に考えるようになる。
 まぎれもなく「責任感と道徳観」が生じるのだ。
 そうしてみると、家族の崩壊と先祖供養の忘却は、人間を孤立させ、報恩を忘れさせ、「責任感と道徳観」を急速に薄れさせる要因となっているように思える。

「死にゆく人には愛と心遣いが欠かせない。
 しかし同時に、それ以上のより深いものが必要とされるのである。
 死にゆく人は、死ぬことの意味を、ひいては生きることの真の意味を、見出す必要があるのだ。
 それなくして、どうして根源的な安心を得ることができるだろう。
 そしてさらに、死にゆく人びとの助けとなるためには、精神的な助力の可能性を考えなければならないのである。
 なぜなら、精神的な知識をもって初めて、わたしたちは真に死と直面し、死を理解することができるようになるのだから。」

「死への絶望も陶酔も、ともに逃避だ。
 死は陰惨なものでも胸躍らせるようなものでもない。
 単なる生の事実のひとこまにすぎないのだ。」

「わたしはよく偉大なる仏教の師パドマサンバヴァの言葉を思い出す。
『時間がたっぷりあると思っている者たちは、死のときになってようやく準備を始める。
 そして後悔の念にうちひしがれる。
 それではあまりに遅すぎるのではないか?』。
 ほとんどの人びとが何の準備もなく死んでゆく。
 ちょうど何の準備もなく生きてきたように。
 現代社会を評してこれ以上に恐ろしい話があるだろうか。」

 自分は何のために生きているのだろう?
 どうして自分はこういう状況で死ななければならないのか?
 今まで生きてきた人生は何だったのだろう?
 私たちは〈自分の死〉をリアルに想像する時、こうした疑問と不安に襲われる。
 人生の根本問題を先延ばしにしているうちに、もう、〈その時〉がやって来ている。
 これでは「あまりに遅すぎ」て間に合わない。
 後悔先に立たずとなる。
 そうして私たちは死んで行く。
 確かに、「これ以上に恐ろしい話」はなさそうである。
 だから、問うべき問いは今、問うしかない。
 年令にかかわらず。
 死はいつやってくるかわからないのだ。

 ちなみに、京都で『風の旅人』を発行している佐伯剛氏はこう述べている。
「現代人は、自分という存在こそ重要な事実であり、その基準に合わせて行動することが多く、そのため、個の死は、個の終わりになります。
 かつては、後世の時代の人達から見られた時に、恥ずかしくないように今を生きることを当然とみなす感覚を持っていました。
 現代人に比べてスケールの大きな時間の中を生きていて、個人の死は、個人の終わりではなかったのでしょう。」

 問いつつ生きれば、もう、漫然と生きる生ではない。

 今日の守本尊虚空蔵菩薩様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。
https://www.youtube.com/watch?v=IY7mdsDVBk8


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 山里の寺から、有縁無縁の方々の、あの世の安心とこの世の幸せを祈っています。

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