コラム

 公開日: 2015-10-30 

生と死は一つで全体 ―『チベットの生と死の書』を読む(3)―

 おはようございます。
 皆さん、今日もお会いできましたね。
 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被災された方々と、原発事故の現場をはじめ、復興に尽力しておられる方々に、み仏のご加護がありますよう心よりお祈り申し上げます。





〈お釈迦様の修行像〉

ソギャル・リンポチェ師の著書『チベットの生と死の書』は、生と死を考える人へ重要な示唆を与えるであろう一冊である。
 伝統仏教の最先端を示し、かつ、最奧をもかいま見せる高貴な魂の結晶である。
 師は「仏法をより近づきやすいものに、現代的、実践的なものにするために著した」とされているが、700ページ近い力作で、なかなか読み通せないかも知れない。
 以下、全体の概要というよりは、いくつかのポイントを挙げておきたい。

「わたしたちは今ここで、生の意味の探求を始めることができるのである。
 全身全霊を込めて、周到に、しかも心の安らぎをもって、あらゆる瞬間を死と永遠のための変化と準備の機会にすることができるのである。」

「仏教のとらえかたでは、生と死はひとつで全体なるものとされる。
 そこでは死は生の新たなる章のはじまりにすぎない。
 死は生の意味の全貌を映し出す鏡なのだ。」

 チベット仏教ではバルドという〈中間状態〉を重視する。
 
「バルドという言葉は通常、死と再生のあいだの中間状態を指してもちいられる。
 だが実際は、バルドは生と死を通じてつねに絶え間なく起こっているのである。
 そしてそれは解脱の可能性が、覚醒の可能性が、一段と高まる瞬間の連続なのである。」

「バルドが特に解脱のための絶好の機会であるというのは、その瞬間が他の瞬間よりもより強い力を、より高い可能性を持っているからである。」

「バルドとは、ちょうど断崖絶壁のふちに足を踏み出す瞬間に似ている。」

「なかでも最大にして最高の可能性に満ちた瞬間が、死の瞬間なのである。」

 チベット仏教の観点では、私たちの存在状況は4つの現実(リアリティ)に分けられる。

1 生…………………生きているこの世
2 死に行くことと死…あの世へ渡る途中
3 死後………………あの世
4 再生………………生まれ変わった来世

 そして、それぞれの状況下でいかなる変化が起こっているかは、以下の4つである。

1 この世では、喜怒哀楽を繰り返している。
2 死のプロセスは苦しい。
3 あの世はみ仏の世界であり、光に満ちている。
4 因縁と因果応報によって、それなりの生まれをする。

 チベットの聖人にして詩人のミラレパは唄った。

「わたしの宗教は生きること、そして死ぬこと、悔いることなく」

 人生を悔いなく生き、死ぬ時も悔いがないとしたら、これ以上の人生は望みようもない。
 もちろん、失敗のない人生はないので、その都度、悔いは発生するだろうが、要はそうしたイメージを引きずらないということに尽きる。
 死ぬ時も同様に、事実として、まだ中途でやり残したことはあっても、自分はやれるだけやったと思えれば、悔いに苛まれはしない。

「〈無常〉の内に秘められた意味を、〈無常〉の向こう側に横たわる意味を、まっすぐに掘り下げてゆくと、古い深きチベットの教えの真髄〈心の本質〉にゆきつく。
 心の本質はわたしたちのもっとも内なる本質といっていい。
 そしてそれこそが、わたしたちが探し求める真理なのである。
 みずからの心の本質を知ることが、生と死を理解する鍵なのだ。
 なぜなら、死の瞬間に通常の心と妄念が消え去り、そのあとに、広々とした空のような心の本質が姿を現すからである。
 心の本質とは、生と死のすべての背景をなすもの。
 天空のように広がり、宇宙全体を抱き込み包み込むものなのである。」

 心は肉体と共に在るが、決して脳内に閉じ込められたものではない。
 肉体を縁とし、自分という意識をもたらしてはいるが、それは心の活動におけるごく一部分、あるいは一面でしかない。
 死によって肉体から離れる時、その真実が明らかになる。 

「死とともに心のある部分は消えてゆく。
 が、心のその部分しか知らないとしたら、死のときにあってわたしたちは、そのさき何がどのように続いてゆくのかまったくわからないままに、新たな展開を見せる〈心の本質〉のより深い現実について何の知識も持たないままに、ただ立ち尽くすことになる。」

 臨死体験者の多くは花畑を観る。
 しかし、真っ赤に燃える鳥居を観る人も、雲海を観る人もいる。
 もしも死後、この世で観ていた世界が消えて行き、ボンヤリした視界しかなくなれば、自分がどこにいるのかわからなくなれば、いかに不安なことだろう。
 この世にいながら確かな〈心の本質〉をつかんでいれば、行く先を故郷と感じられるのではなかろうか。
 そして、み仏の子である私たちは、み仏の世界への確かな歩みを始められることだろう。

「おん あらはしゃのう」
 今日の守本尊文殊菩薩様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。
https://www.youtube.com/watch?v=WCO8x2q3oeM


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 山里の寺から、有縁無縁の方々の、あの世の安心とこの世の幸せを祈っています。

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