コラム

 公開日: 2015-11-14 

御札の大きさとご利益について ―Q&A(その13)―

 おはようございます。
 皆さん、今日もお会いできましたね。
 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被災された方々と、原発事故の現場をはじめ、復興に尽力しておられる方々に、み仏のご加護がありますよう心よりお祈り申し上げます。


〈初冬の自然墓〉

 今回は、御札についてのご質問にお答えします。

1 御札の大きさとご祈祷の中身

 たまに訊ねられます。
「御札の大きさで、ご祈祷の中身はどう違うんですか?」
 端的にお答えします。
「違いません」
 ほとんどの方はここで「えっ!」と絶句します。
 そして、たくさんお布施をしても、ご利益が同じでは頑張って差し出す意味がないと考えるかも知れません。

 さらにはっきりと質問を続ける方も稀に、おられます。
「すると、お布施の金額によって違うのは御札の大きさだけですか?」
 ここまで来てようやく、肝腎なところへ進みます。
「そうですね。
 貴方の手元にやってくるモノの違いはそれだけです。
 しかし、目に見えない世界では大きなできごとが起こっています。
 ご誠心からお布施を差し出せば、仏神の世界へ徳積みが行われています。
 言い方を変えれば、〈惜しむ煩悩にうち克って仏神のためになる〉という徳を発揮することによって、自分の心のレベルを一段、上げているのです」

2 煩悩に気づく

 煩悩とぶつかる難しさは、貧窮時代の小生にとっても難問だったので、よくわかります。
 お詣りにでかけ、お賽銭箱へ投ずるお布施を10円玉でなく100円玉にする、100円玉でなく500円玉にする、500円玉でなく1000円札にする、……。
 その行為は、実生活に及ぼす影響もさることながら、必ず動く〝惜しい〟という気持をはっきり認識し、退治するという決して小さくない人生修行の問題です。
 一歩、退がって自分の姿を眺めてみれば、〝どうか、体調がよくなりますように〟と必死の思いでご本尊様の前に立っていながら、〝100円玉は惜しいから10円玉にしておこう〟と考えるなら、どこかずれていると気づくはずです。
 しかし現実に〈ずれ〉の感覚が起こるのは一瞬であり、気づかなかったり、無視したりしがちです。
 この時点での対応は、誰にも知られない自分の人生に対する誠意の問題でしかありませんが、そこでの誠実と不誠実は他ならぬ自分が知っています。
 誠実であれば必ず心が清々しくなり、不誠実であれば必ず心が濁ります。

3 神様が見ている

 古人が「神様が見ているよ」と子供たちへ教えたのは、嘘をついてはいけないという表面的な態度を指導しただけではありません。
 本質は、畏れの感覚が身につけば、自分の良心に恥じない誠実さと勇気を持って生きられるようになるところにあります。
 神社仏閣へでかけ、そこに〈おわす〉何ものかを感じるならば、それは、五感六根のはたらきによって、自分自身の心に〈在る〉何ものかが反応しているのです。
 それは良心であり、仏性であり、霊性でしょう。
 これらのはたらきへ素直になる時、私たちの心は浄められています。
 かけがえのない浄めの機会を生かすかどうかは、その方その方の問題です。
 お賽銭箱に入れる10円玉と100円玉には90円の違いですが、この90円は、心の修行の観点からすれば、お金に換算できないほどの違いをもたらします。

4 願いと誠意

 こんなことを書くと、二つの疑問が起こるかも知れません。
 一つは、〝お寺はお布施がたくさん欲しいからこう言っているのではないか?〟
 そうではありません。
 小生自身が、こうした〈浄め〉無しでは生きて行けず、今でも修行を続け、そして確かな救いを実感しており、〈皆さんと共に〉の一心で赤裸々に書いているのです。
 もう一つは〝お金持ちはたくさんお布施をして徳積みも大きくできるけど、貧乏ならできないのか、それでは、仏神の世界もお金次第なのか?〟
 そうではありません。
 肝腎なのは、必死の思いでよき願いを持つ時、同時に、自分の仏性に恥じない誠実な行為もできるかどうかという一点にあります。
 あらゆる宗教がよき願いを持つことを尊ぶのは、それが人間の本性にある光を発揮させる機会だからです。
 仏教も同じであり、「欲を無くせ」ではなく、「まっとうな欲を正しく生かそう」が本分です。
 仙人のような〈我、関せず〉といった人間や、幽霊のような〈力の抜けた〉人になろうとしてはいません。
 お釈迦様もお大師様も、不動心と共に桁外れのエネルギーを発揮しておられたように思えます。

 だから当山では、3000円のご祈祷を申し込まれても、10000円のご祈祷を申し込まれても、お渡しする御札の大きさなどが違うだけで、ご祈祷の中身が違ったりはしません。
 ご葬儀も同じです。
 皆さんなりの誠意をわけへだてなくご本尊様へ届けるのみです。

5 「長者の万灯」と「貧者の一灯」

 最後に、よく知られている「貧者の一灯」に触れておきます。
 高野山には無数の灯篭が奉納されていますが、その中に「長者の万灯」と「貧者の一灯」があります。
 長者は白川上皇、貧者は自分の黒髪を切ってお金に換え高野山の伽藍復興のために一灯を報じたおてるという女性です。
 いかなる立場や境遇にあろうと、大切なのはただ一つ、誠意です。
 仏性に誠実な誠意こそが不滅の灯火の本体です。
 今日も皆さんの尊い誠意を受け、法務を行います。

 以上が、御札は決して「買う」対象ではなく、誠意に対する証(アカシ)としてご本尊様から授かる魂の入った聖なる拠り所である理由です。
 皆さんの開運を祈っています。 

 今日の守本尊勢至菩薩様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。
https://www.youtube.com/watch?v=qp8h46u4Ja8


 ご関心のある方は当山のホームページ(http://hourakuji.net/)をご笑覧ください。
 山里の寺から、有縁無縁の方々の、あの世の安心とこの世の幸せを祈っています。合掌

この記事を書いたプロ

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遠藤龍地

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