コラム

 公開日: 2015-11-24 

崖氷柱(ツララ)刀林地獄(トウリンジゴク)逆(サカ)しまに ─絶望と湧き出づる情感─

 おはようございます。
 皆さん、今日もお会いできましたね。
 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被災された方々と、原発事故の現場をはじめ、復興に尽力しておられる方々に、み仏のご加護がありますよう心よりお祈り申し上げます。




〈ジャズスポット・エルヴィン(宮城県登米市迫町佐沼)様のメインスピーカーは不思議な形状をしている〉



 明治39年、宝生流能楽師の家に生まれ、5才の時から修行に励んだ松本たかしは、14才で肺尖カタルを患った。
 18才で神経衰弱に罹り、かねて師事していた高浜虚子の門下で俳句の道へ進む。

「崖氷柱刀林地獄逆しまに」

 崖から氷柱が垂れ下がっている。
 どう見てもその鋭さは刀の切っ先だ。
 作者は、病者の目線から逆さに眺めた。
 視点が低いのである。
 すると、氷柱は上から下がっているのではなく、天へ向かって突き立っているではないか。
 林立する刃の群れは、愛欲に狂って落下した者を待つ刀林地獄そのものだ。

 この地獄には刃の葉で覆われた大樹があり、てっぺんで美女が待つ。
 その呼び声に誘われて登ると無数の葉が落ちてきて男を切り刻むが、痛みよりも愛欲が強く、男はてっぺんへ辿り着く。
 しかし、その瞬間、美女は消え、地上で再び呼んでいる。
 痛みの絶頂にいながら、男は樹から降りようとするが、今度は葉という葉が下から男を切り刻み、我を忘れて登り降りする男の苦は永遠に続く。
 こうした者たちの呻きに満ちた刀の林は想像を絶する。
 しかし、作者は瞬時に観た。
 彼自身にこの地獄があったかどうかはわからないが、少なくとも、出口のない地獄は骨の髄まで体験していたことだろう。

「枯菊と言い捨てんには情あり」

 菊は咲きつつ枯れ、枯れつつ立っている。
 枯れてなお、いのちの余韻をまとう。
 美が残っている。
 枯れてしまったからと見過ごさせず、言い捨てさせないものがある。
 作者はそれを「情」と詠んだ。
 いのちの勢いに満ちた菊はすばらしいが、死の影に取り込まれ尽くす寸前の菊に、耐え難い愛しさを感じる場合もある。
 死ぬ宿命を生ききる健気さ、去りつつなお、残る生の気配は胸を打つ。

 15才で背骨を傷め、「死ぬに死ねない、生きるに生きられない」まま43年を過ごした写真家倉茂義隆氏は、写真集『43年の夢』によせてこう書かれた。

「『もののあはれ』は『宿命を生かされている生命に対しての愛しい思い』なしには決して存在しない」

「人は絶望に接した時、逆説的にこれまでのとるに足らない日常の総体が重みを増し、烈しい後悔の念とともににわかに光り輝きだし、強烈な世界に対しての狂おしいまでの愛おしさを呼び覚ます感情が惹起される。
 たとえそれが幻想だとしても。
 そのような意識に現れた世界を、苦悩と絶望によって諦観するに及んで見えてくる世界が『もののあはれ』であり、それゆえに苦悩あるいは絶望の体験なくしては実感しがたい感覚で、深く体験したそこに、人間の精神の陰影が現れてくるのではないか。」

 絶望は〈この世を去る〉感覚が伴う精神状態である。
 生と死の境が曖昧になる。
 眼は開いているが半眼であり、もう、死の世界が網膜に映る寸前である。
 松本たかしも、倉茂義隆氏も、そこを体験したのだろう。
 自ら生と死の間(アワイ)に立ったればこそ、松本たかしは「情」をもよおし、倉茂義隆氏は「もののあはれ」をつかまれたのではなかろうか。
 実に、枯菊、残菊は、日本人が持つ深い情感である「もののあはれ」に直結している。

「ふと羨(ウラヤマ)し日記買ひ去る少年よ」

 本屋で日記帳を買い、早く真っ白なページに思いを書きたくて走り去る少年を見た。
 作者にとって懐かしい少年の日は、絶望と苦悩に彩られていた。
 それでも確かに、走り去る少年と同じく少年の心を持っていた。
 走る少年の健康な様子によって、自分の病弱ぶりをあらためて思い出すが、そこにあったのは、あの日の絶望や苦悩ではなく、泣きたくなるほど切ない懐かしさと、過ぎ去った年月への愛おしさではなかろうか。

「崖氷柱刀林地獄逆しまに」

「枯菊と言い捨てんには情あり」

「ふと羨し日記買ひ去る少年よ」

 読んでみた松本たかしの句は、眼にした光景の日常的な平凡さと、一気に動く情感の深さとの落差が凄まじい。
 代々江戸幕府に所属した能楽師の家系に生まれ、はからずも弟がその分野で人間国宝にまでなった血筋が関係しているのかも知れない。
 最後にもう一句、この時期の作品を挙げておきたい。

「夢に舞ふ能美しや冬籠(フユゴモリ)」

 今日の守本尊普賢菩薩様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。
https://www.youtube.com/watch?v=rWEjdVZChl0


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 山里の寺から、有縁無縁の方々の、あの世の安心とこの世の幸せを祈っています。

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