コラム

 公開日: 2015-12-05 

余命を知った医師といのちの苦 ─スピリチュアルペインのこと─

 おはようございます。
 皆さん、今日もお会いできましたね。
 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被災された方々と、原発事故の現場をはじめ、復興に尽力しておられる方々に、み仏のご加護がありますよう心よりお祈り申し上げます。





 12月4日付の朝日新聞は「いのちのケア」と題して、内科医であり僧侶の田中雅博氏に対するインタビュー記事を載せた。
 昭和21年、名刹西明寺に生まれた氏は、住職を務める父親の勧めで医師になり、国立がんセンターの内分泌部治療研究室長まで務めたが、37才で退職し寺を嗣いだ。
 そして7年後、境内地に緩和ケアも行う普門院診療所を造った。
 平成26年、極めて深刻な段階の膵臓ガンが見つかり、「来年3月の誕生日を迎えられる確率は非常に小さい」と考えている。

 氏は最初に受け持った患者さんから「私は死ぬんでしょうか?」と訊かれ、答えられなかったことから「いのちの苦」に対する専門家の必要性を実感し、今日に至った。

「生きられるいのちは粗末にしたくありません。
 一方で、自分のいのちにこだわらないようにする。
 そのふたつの間で、『いのちの苦』をコントロールしているわけです。
 死の恐怖や不安と闘うというよりは、仲良くしようとしている感じでしょうか」

 私たちは生きたいという意志を持っている。
 一方で、死が避けられないことも知っている。
 この意志も知識も普段は、〈在る〉だけと言っていい。
 しかし、身近な人の死や、自分の重篤な病気などに接すると、意志は知識に抗いながら強くはたらき始める。
 この時点で「いのちの苦」が生じる。

「医学はいのちを延ばすことを扱うわけですが、そのいのちをどう生きるかという問題にはまったく役に立たない。
 体の痛みを止める医師が必要であるのと同じように、『いのちの苦』の専門家が必要です。
 それがほとんどいないのは日本の医療の欠陥だと思います」

「それら(※死を覚悟した頃に生じる後悔)も受け入れ、最後の最後まで人生の『ものがたり』を形づくる手伝いをする人が必要です。
 それを含めての医療であるべきだと思います。
 科学では何もできなくなったときこそ、非常に多くのことができるはずです」

「人というのは、元気なうちは自己の欲望にとらわれたり、怒ったり、他人を差別したりするものです。
 しかし死が避けられないとなったときは、そうしたことから離れて、自分のいのちを超えた価値を獲得するチャンスでもあります。
 いのちより大事にしたいもの。
 それは信仰を持たない人にとっても、自身の『宗教』だと思うんですよ。
 それに気づくことができれば、その大事なもののために残りの時間を生きることができるのではないでしょうか」

 氏の言う「自身の『宗教』」とは、死生観だろう。
 それは、科学的知識からは導き出せない。
 病状に対する医学的分析と、治療効果の可能性についての判断によって余命が計算された先に発生するいのちの苦は、科学以外のものに依らなければ解決できない。
 事態をどう受け止め、その先をどう生きるか、という死生観がいかなる形になるのかは本人の全人格にかかっている。

 死生観がきちんとできて、いのちの苦を克服しつつ残りのいのちをまっとうするには、サポートする専門家が必要である。
 ただし、30年も前からその必要性を訴え、世界中で研究してきた氏は、専門家に求められるものの大きさを指摘する。

「欧米でスピリチュアルケアにあたる人は宗教だけでなく、哲学や医療などもしっかり勉強しています。
 ただ、ある人は『知識があるだけではだめだ』と話していました。
 むしろ、死にゆく患者さんに大事なことを教えてもらうという態度で臨むのです。
 非常に高度なことですね。
 人格的にも優れていなければならないでしょう」

 そもそも、「いのちの苦」として表面化している実存的な〈苦〉は広く、深く、全人格をかけて立ち向かわねばならず、そうした戦いに臨んだ人びとの側に立とうとする宗教者もまた、全人格をかけなければ役割を果たせない。
 氏はその資格として決定的なポイントを述べた。
「死にゆく患者さんに大事なことを教えてもらうという態度で臨むのです。
 非常に高度なことですね」
 肝に銘じておきたい。

 死生観に迷ったならば寺院の門を叩いてみてはいかがでしょうか。
 どう弔われ、どう葬られるか、という物理的、金銭的、手続き的なことだけでは済まない精神的状況が〈その前〉に必ず、やってきます。
 最大の問題はむしろ、〈それまで〉をどう生きるか、です。
 氏の言うとおり「やはり生きているというのはいいこと」であると思っています。
 共に、この実感を持ちつつ生きたいものです。

「おん あらはしゃのう」
 今日の守本尊文殊菩薩様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。
https://www.youtube.com/watch?v=WCO8x2q3oeM


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 山里の寺から、有縁無縁の方々の、あの世の安心とこの世の幸せを祈っています。

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