コラム

 公開日: 2015-12-14 

狂気と日常 ─小池光の「生存について」(その1)─

 おはようございます。
 皆さん、今日もお会いできましたね。
 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被災された方々と、原発事故の現場をはじめ、復興に尽力しておられる方々に、み仏のご加護がありますよう心よりお祈り申し上げます。




  昭和22年に小説家を父にもち宮城県に生まれた小池光氏は、東北大学理学部物理学科から大学院を卒業し、短歌結社「短歌人」に入会し、高校の教師をしながら歌を詠んできた歌人である。
 昭和57年、氏が発表した歌集『廃駅』に「生存について」という連作がある。
 以下の12首である。

「草群(クサムラ)に吐きつつなみだ溢れたりなんといふこの生のやさしさ」

 日本が太平洋戦争に敗れてから37年が経過したある日、ざくろの花が落ちるのを観ている氏の脳裏へ、アウシュビッツで生きるナチスの党員と交錯する世界が来襲した。
 イメージのおぞましさに耐えられず、吐いてしまったのだろう。
 吐く時は涙が流れる。
 何とも哀れな姿ではあるが、吐きつつ泣く身体は生を証明して余りある。
 草むらの上で、自分は確かに生きているのだ。
 嘔吐に伴った涙は、やがて、生の実感に伴う涙となる。
 殺し殺されているアウシュビッツに比べ、自分を存在させている生の世界はあまりに優しい。

「ナチズムの生理のごとくほたほたとざくろの花は石の上に落つ」

 ざくろの花は濃い橙色であり、白が混じるものもある。
 葉の深緑とあいまって、いのちが強く輝く。
 その花が、硬い石の上へ一つ、また一つと落ちる。
 いのちは断ち切られるのに、枝に付いている時と何ら変わりなく、輝きつつ落ち、落ちても輝きを失わない。
 笑ったまま首を切られているかのようだ。
 狂気の饗宴は、人間の生と死を一括りにして続く。
 肉体の血も心の血も流されながら、現実は非現実へと反転させられている。

「かの年のアウシュビッツにも春くれば明朗にのぼる雲雀もありけむ」

 自然界の摂理は人間の愚行などお構いなしに時の流れを表現してやまない。
 阿鼻叫喚の地上であっても、春にはヒバリが高く舞い、無心に鳴く。
 ライプチヒ大学哲学科学生のリヒャルト・シュミーダーは、ベダンヴィルで死ぬ前に書いた。
「戦いの騒音と負傷者の呻き声の間に短い休止が生じると、高い青空に鳥が嬉々と歌い囀ってゐるのが聞こえました。
 故郷の春の鳥の歌!
 あゝ、心臓をむしり取ってしまいたひやうな気持です」(『ドイツ戦没学生の手紙』より)
 ベルリン大学神学科の学生パウル・ベーリッケもまた、ヴェルダンで戦死する直前に書き遺した。
「西の空は血のやうに赤く、赤いけしの花がなほ一層血の色に染まる。
 夕方が来た。
 ここで死を待っている無数の灰色の人びとの上に夕べはなごやかに横たはる」(『ドイツ戦没学生の手紙』より)

「夜の淵わが底知れぬ彼方にてナチ党員にして良き父がゐる」

 深夜、自分の心の階段を静かに降りて行くと、凶悪な暴力、残虐行為も厭わない憎しみ、あるいは黒いサディズムがある。
 何かに同調し思考停止した単略的な帰属意識を頼りに、正義の拳を振り上げ、ささやかな存在意義を叫びたい浅はかな自分がいる。
 その一方で、子供へ正邪善悪を教え、何者からも家族を守るよき父親たらんとする自分もいる。
 父親の転勤で宮城県第三女子高等学校に在籍した作家小池真理子氏は、昨年、開校90周年の式典で訴えた。
「スマホばかりをのぞいているのではなく、人と会い、本を読み、自分で考えて」
 自分で考えない限り知性は、はたらかない。
 現実を肌身で感じとり、根源的矛盾や不条理に気づき、世界へも自分へも疑問を持たない限り、真に自分で考えることはできない。
 自分で考えなければ、意のままに世の中を動かそうと企む者たちから都合良く与えられた餌に絡め取られ、感情が利用され、思考は停止させられる。
 自立して尊厳を守るためには、情報を客観的に眺める幅広い視点と、心の余裕を持たねばならない。
 そうして立ち止まり、〈ナチ党員〉的な行動に走らぬよう、常に気をつけねばならない。
 さもないと、〈良き父〉のまま、いかなる愚行に加担してしまうかわからない。

「ガス室の仕事の合ひ間公園のスワンを見せに行つたであらう」

 ナチ党員も夫であり、父親であった。
 ユダヤ人をガス室へ送り込みつつ、〈仕事〉の合間には家族を誘って公園へでかけ、普通の夫として、父親として真っ白なスワンに見とれたことだろう。
 そこでは、スワンの白さによって罪悪感が呼び起こされ、苦しむこともない。
 殺人は国家から与えられた公的な仕事であり、苦しみつつ行っては身が保たない。
 もちろん、多くのドイツ人が苦しみつつ仕事をこなしたことだろうが、少なくとも、この句の世界にはそうした煩悶が感じられない。
 一般的国民の一人として、郵便配達や列車の運行などと同じ感覚で仕事が行われている淡々とした日常が描かれている。
 ただし、「であらう」は見逃せない。
 推量する歌人の思いはいかなるものであったか、それには言及されていない。
 この歌を詠んだ人ではなく、読む人へ託されているものは膨大だ。
 人類が行った過去の愚行は日常と直結していただけに、私たちの日常と直結してたった今、再び行われたとしても何ら不思議はない。
 〈~だったであろう〉光景が〈である〉となり得る恐ろしさを直感する感覚だけは失いたくない。

「隣室にガス充満のときの間を爪しやぶりつつ越えたであらう」

 これも上記の作品と同じである。
 ユダヤ人たちを閉じ込めたガス室では、ガスの濃度が高まるにつれて人びとは倒れ、死んで行く。
 その時間を過ごす下手人は普通の人間だ。
 爪をしゃぶりながら時計を眺めていたとて、何の不思議もない。
 醜悪な行為が勤勉な公務員によって正確に行われる。
 狂気は日常の中にたやすく包み込まれてしまう。

「おん ばざら たらま きりく」
 今日の守本尊千手観音様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。
https://www.youtube.com/watch?v=IvMea3W6ZP0


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