コラム

 公開日: 2015-12-18 

映画『波伝谷に生きる人びと』を観て ―東日本大震災被災の記(第173回)―

 おはようございます。
 皆さん、今日もお会いできましたね。
 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被災された方々と、原発事故の現場をはじめ、復興に尽力しておられる方々に、み仏のご加護がありますよう心よりお祈り申し上げます。




〈運良く監督のサインをいただきました〉

 ようやく我妻和樹監督作品『波伝谷に生きる人びと』を観た。
 まったく〈普通〉の日常生活が記録されており、物語性や作意はない。
 ただし、撮られた人びとの日常生活が、いのち共々ばっさりと失われたことにより、その記録は特別の意味を持つようになった。

 波伝谷(ハデンヤ)には契約講があり、代表者を議長と呼ぶ。
 契約講は旧家の組織で、「お獅子さま」などの伝統行事を中心とした政治や祭礼を行う。
 ある議長経験者は、講の仲間をかわいい「弟や子供」のように感じていたという。
 部落対抗のソフトボール大会に際し、女衆は手作りのおにぎりを作って応援し、撮影した年の大会では男女共に優勝した。
 おかみさんの一人は言う。
「他の部落ではコンビニ弁当でした。
 ウチでは伝統どおりに、おにぎりを作りました。
 やっぱり、手作りのおにぎりでないと力が出ません。
 人手が減っていろんなものが省略されてきていますが、どうにかして伝統を守って行きたいと思います」

 講に入れない新しい住民たちの組織も生まれ、講を支える役割を果たしつつある。
 高齢化や病気などで行事になかなか参加できず、休講を申し出る家も重なり、部落の組織は時代に合わせて様相を変えつつある。

 何年にもわたる撮影が一段落し、部落を去る監督へ声がかかった。
「自分で泣ける映画にしてください。
 自分で泣けなければ人を感動させられませんよ」

 作品になった映像を地域で観てもらう打ち合わせのため、再度、波伝谷へ入った監督は東日本大震災に遭う。
 部落にたった一艘、残った船で監督を船着き場へ送り帰した漁師は言う。
「生きて会うべ」

 関東に住む友人の妻へ引導を渡し、別れ際に交わした言葉を思い出す。
「生きて会おうぜ」
「おう」

 映画には起承転結の物語がない。
 観る人が期待する結末はない。
 人と人とが信頼関係を保ちつつ、共に〈地域の空気〉をつくり、それを守り、それに育てられ、それに守られてきた人々の短い歴史が在るのみである。
 ただし、このドキュメンタリー映画が決定的な意味を持つのは、その歴史がほとんどそっくり突然、断絶させられたがゆえに、記録は、日常性の中で輝いていた普遍的で広大で深遠な何ものかに気づかせる役割を持ったのである。 
 映画の終了後、舞台に立った監督は、どうしてもパターン化を免れない映画製作の過程からこぼれ落ちてしまいがちなものをこそ、大切にしたかったと言う。
 
 東日本大震災後、石巻市渡波(ワタノハ)地区へ祈りにでかけたおり、托鉢で訪れるたびにトイレを借りていた公園へ立ち寄った時のできごとを思い出す。
 家々は消え失せ、草花もベンチもすっかり泥に覆われていたが、そのつるりとした平面から巻き貝の殻が頭を覗かせていた。
 まるで行者の再来を待っていたかのようだった。
 貝殻から「遅かったね」と言われたようで、涙が流れ、丁寧に泥を拭いて連れ帰った。

 それにしても、波伝谷にあったあのつながりは何だったのだろう?
 住民を一人残らず〈その地〉に惹きつけるもの、他人同士を親戚以上の親しみで結びつけるもの、それは圧倒的な風土の力ではなかろうか?
 海の恵みを柱としたかけがえのない〈価値ある空間〉の共有こそが、人びとを真の意味で共生させていたのではなかろうか?
 風土は単なる空間的広がりのありようではない。
 人びとが先祖代々住み続けてきた膨大な時間が今を生きる人々へ与える一種の〈保証〉といったもの。
 まるで盤石な保証人のような価値を有する〈連続性〉もまた、かけがえのなさを彩る。
 時間のはたらきによって醸成された自然と人間のかかわり合いが、得も言われぬ一つの色となって人びとの心を染める時、共に人生の時間を過ごすに足る信頼感、安心感、幸福感、責任感が皆の心に生まれるのだろう。

 東日本大震災後、気仙沼市へ人を探しに行った時のことを思い出す。
 高台にある神社の境内と社務所に避難した男衆も女衆も、長老らしき数名の指示のもとで煮炊きや土掘りなどに精を出し、整然と役割を果たしていた。
 尋ね人の行方については、あのあたりの人なら、あっちへ逃げただろうから、あのへんの避難所にいるだろう、と的確に判断し、教えてくれた。
 その落ち着き、知恵の深さ、統率力──。
 いわゆる老賢者の力量をまざまざと見せられた。
 老子は「無為(ムイ)にして化す」と説いた。
 人徳のある王ならば、特段のことをあれこれやらなくても、人びとはいつしか感化され、国はひとりでに治まって行く。
 あの避難所の〈王〉もまた、風土に磨かれ、無為の力を持った人物だったのではなかろうか。

 風土が創られてゆくためには時間という要素が欠かせない。
 崩壊した地域に新しいコミュニティが合理性をもってつくられるだけでは、何かが決定的に足りない。
 多くの被災地がまず、昔からあったお神輿やお祭やお地蔵様に注目したことには深い意味がある。
 時間を孕んだものにこそ、空虚を埋めて欲しかった。
 お神輿もお祭もお地蔵様も、哀しいほど、重要な役割を果たしてくれた。
 人びとは涙し、喜び、いくばくか安心を取り戻し、希望が持てそうな思いになった。

 空間的にも時間的にも〈普通に〉つながる人びとの日常生活こそが、いつしか、かけがえのない風土を創る。
 この映画は「確かに在った風土」を示し、私たちを、その喪失という過酷な現実に向かい合わせる。
 さて、かけがえのなさに気づいた私たちは、何をなすべきだろうか?

※仙台市における上映は、惜しくも12月25日までです。
 ぜひ、おでかけください。
・場所:桜井薬局セントラルホール
 仙台市青葉区中央2−5−10 桜井薬局ビル 3F
・電話::022-263-7868

 今日の守本尊普賢菩薩様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。
https://www.youtube.com/watch?v=rWEjdVZChl0


 ご関心のある方は当山のホームページ(http://hourakuji.net/)をご笑覧ください。
 山里の寺から、有縁無縁の方々の、あの世の安心とこの世の幸せを祈っています。

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