コラム

 公開日: 2016-01-10  最終更新日: 2016-01-19

イラク戦争と靖国神社への祈り(その4) ─火伏せの法、井上成美など─

 おはようございます。
 皆さん、今日もお会いできましたね。
 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被災された方々と、原発事故の現場をはじめ、復興に尽力しておられる方々に、み仏のご加護がありますよう心よりお祈り申し上げます。






 平成16年1月、自衛隊のイラク派兵に鑑み、小生は、仏神と祖霊のご加護で自衛隊員の無事帰還をはかるべく、靖国神社へ向かって托鉢行を始めた。
 世界の情勢が急変を見せ始めた今、そのおりの記録を加筆訂正しながら再掲しておきたい。
 不戦日本の願いを込めて。

○春祭(2月1日)

 去年の数倍に上る申し込みをいただき、盛大に厄除祈願の春祭千枚護摩祈祷を行った。
 ほぼ3時間もの間、真言を唱え、祈っておられた方々の熱心さには頭が下がった。
 
 毎年のごとく、今年も守本尊様のご加護を確信させられるできごとがあった。
 護摩壇正面の高いところへ立ててあった小さなローソクたちが火の熱さによって溶け始め、火がついたままで供物を捧げてある壇へ次々に落ちた。
 あるものは壇に敷いてあるビニールのシートを溶かし、あるものは供物を載せてある三宝の紙に火をつけ、あるものは壇の布へ燃え移ろうとしていた。
 護摩壇から降りるわけには行かず、火伏せの法でそれらを次々と消したので大事に至らなかった。
 ご本尊様は誠心に応じて動く世界を目の当たりに見せてくださったのである。
 気づいていた方々もあり、修法後、身体と法について少々お話しし、魔除の伝授も行った。
 授かった法を信じて行じ、眠っている能力の開発をやるかどうかは、ご当人の問題である。
 
 火の熱さで眼鏡のレンズに無数のヒビが入り、群雲がかかったような感じになってしまった。
 このまま見えにくくては困るが、明日の午前中までにお祭関係の仕事を終え、再出発したい。

○足踏(2月2日)

 午前中で一段落つけ、でかける準備にかかろうとしていたところへ葬儀屋さんからの電話。
 枕経と葬儀までの打ち合わせをして欲しいとのこと。
 托鉢用の白衣ならぬ読経用の白衣を着けてでかけ、修法後、枕経の意味や意義などを話し、若干のご質問にお答えした。
 まったく思いもよらず喪主となった若い奥さんから心構えについて真剣に訊ねられ、真言をお伝えした。
 
 告別式までの流れは実に重く、引導を渡して帰山するとぐったりしてしまうのが常である。
 ご遺族は辛く悲しく寂しく、導師は心も身体も〈芯をすり減らす〉のが死者との別れだ。
 出家してまもなく、師僧が嘆息を込めて呟く言葉を聴いた。
「葬式はやりたくないものだ」
 当時はかなり強烈な違和感を感じたものだが、導師を務める今は、実によくわかる。
 故人とご遺族の思いを忖度しながら、持てるエネルギーを使い尽くして引導を渡す仕事など、やりたい人はなかろうが、それを欠かせぬ役割として背負うのが僧侶であり、ここに至った業(ゴウ)の深さを幾度も幾度も突きつけられる。
 だから、寒風の中で立ったままの警備員などを見ると、同輩に思え、心で合掌する。

 そもそも僧侶は、仏教という車の両輪をなす教えと法力を信じ、その世界を求める行者である。
 お釈迦様やお大師様の境地に憧れ、何ぴとをも救った法力に憧れ、たとえ一ミリでも余計にそこへ近づこうとせぬ者は僧侶とは言えない。
 なぜならば、愚かな己を〈み仏の子〉として一歩でも高める努力を続け、あらん限りの力を用いて仏縁の人々のために役立つこと以外、僧侶の存在価値はないからである。
 美しい花を美しいと言い、強い象を強いと言うのみで、己が花となり象となって人々の抜苦与楽(バックヨラク)のために一身を捧げようとしないならば、いかに言葉巧みであり、いかに人気があり、いかに大きな寺院にいようとも、本ものの僧侶とは言えない。
 
 明日は出発したい。

(最近、Aさんの十三回忌供養を行った。
 奥さんは「早いものですねえ」と涙を浮かべられ、支えとなるように並んで立つご子息の頭髪はすっかり白くなられた。
 あばら屋を本堂としていた時代に当山と仏縁を結び、当山の墓地ができるのを待ってお墓を造られたご一家の方々と言葉を交わせるのは、たとえようもなく嬉しい。
 これからも主人と私たちをお守りくださいと言って笑顔になられた奥さんは観音様のようで、業の深い身がまた救われ、力づけられた。
 我が身にまつわる過去世からの因縁は、み仏ならぬ身が解明することはできない。
 与えられた役割は天命であろう。
 全身全霊をかけて引導を渡し、年忌供養の導きとなり、ご遺族の安心の土台となり続けたい。)

○井上中将のこと(2月3日)

 ついにイラクへの本隊派遣となった。
 今朝、ご来山された方が「既成事実ができると人はだんだんそれが当りまえに思え、ことは一方へ流れてしまうものです」と心配しておられた。
 まことにその通りである。
 昭和10年代、マスコミはもちろん世論全体が戦争へ戦争へとなびいている頃、海軍中将井上成美は頑として自説を曲げず、米内・山本両氏と共に急流にあって屹立(キツリツ)していた。
 信徒Aさんが図書館で調べわざわざお届けくださったコピーを引用し、井上中将の言葉を記しておきたい。

「戦争というものはいいものでなく、私は、戦争は刑法でいう死刑と同じ必要悪だと思います。
 人を殺したり、人の物を破壊したり、そんなことをするのは、交戦国の権利として認められてはいるが、国の行為としては、悪行為なのです。
 しかし、国としては、生存ということを考えなくてはならない。
 だから、生存を維持するための、最後の手段として仕方がない。
 だから、生存のため以外に国軍を使うことは、私は、イクスパンショニズム(領土拡張主義)であり、ミリタリズム(軍国主義)であり、インペリアリズム(帝国主義)であると思います。
 そんなことで、国民を殺すことは、その政府が悪い。」

 自衛隊員とご家族の本音は「侵略者があれば命をかけて戦うが、………」というものであろう。
 国内で災害復旧活動をするのと同じく銃を持たずスコップを手にし、ボランティアなどの民間人と行動を共にするのならいざ知らず、硝煙立ち上る国へ武装してでかけるならば、いかなる言葉で表現しようと軍事行動以外の何ものでもない。
 
 しかも、国会では同盟軍という言葉が乱舞しているが、井上中将などの海軍首脳と陸軍との対立点の根幹が「自動参戦」問題であったことがもはや忘れられているように思えるのは何とも残念である。
 英霊にも、戦争犠牲者へも申しわけが立たない。
「自動参戦」とは、ドイツやイタリアが戦争を始めたならば、同盟軍である日本も自動的に戦争へ荷担するという約束のことである。
 井上中将はこう言って反対した。

「国軍の本質は、国家の存立を擁護するにあり。他国の戦いに馳せ参ずるごときは、その本質に違反す。
 前(第一次)大戦に日本が参戦せるも邪道なり」

 日本が勝った戦争だからといって、正しかったとは決して言えない。
 この見識がもっと広く共有されていれば、日本は戦争を避けられたかも知れない。
 井上中将の言葉は輝きを失っていない。
 私たちは深くかみしめるべきではなかろうか。
「同盟国であるアメリカの敵は日本の敵である」という論理ほど日本をすばやく戦争へ導くものはない。
 最大の死魔である。
 呼び寄せられた死神は、もう、あちこちに顔を見せている。
 空港に、港湾に、原発施設に、警察に、国会に、駅に、そして街の人混みの中に、〈不安〉〈警戒〉〈疑心〉〈恐怖〉として………。
 自衛隊派遣問題が起る前と比べて、日本はこれまでより良くなっているだろうか?
 治安と安全と平和がより確実なものになっているだろうか?
 
 井上中将の言う〈必要悪〉の極限性と恐ろしさをもっともっと考えねばならない。
 ブッシュ大統領はイラク戦争に臨み、こう表明している。
「イラクを第二の日本にする」
 ここには、永久に米軍を駐留させるという意味以外のものがあろうか。

(12年前の文章を読みなおしてみると、あそこから現在へつながる流れは速さを増していると思える。
 政府は「世界の情勢が変わった。新しい防衛の仕組みが必要だ」と力説するが、日本中に焦りや勇み立つ風潮が広がりつつあるのは、本当に〈世界のせい〉なのだろうか? 
 そもそも集団的自衛権という概念自体、第二次世界大戦後、アメリカが自国による戦争を正当化するために持ち出したものであり、それは「自動参戦」によって世界中を戦争へ巻き込むきかっけとなり得る。
 これまでのように武力行使を避け、丸腰で、世界各地域への貢献をはかる自衛隊のままでは、アメリカを初め世界中から日本が見捨てられて中国に蹂躙されるという確たる調査結果などがあるのだろうか?むしろ、現場の声としては、日本の〈平和ブランド〉を捨てることによる危険性の増大こそが懸念されているのではなかろうか)

「おん あらはしゃのう」
 今日の守本尊文殊菩薩様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。
https://www.youtube.com/watch?v=WCO8x2q3oeM


 ご関心のある方は当山のホームページ(http://hourakuji.net/)をご笑覧ください。
 山里の寺から、有縁無縁の方々の、あの世の安心とこの世の幸せを祈っています。

この記事を書いたプロ

大師山 法楽寺 [ホームページ]

遠藤龍地

宮城県黒川郡大和町宮床字兎野1-11-1 [地図]
TEL:022-346-2106

  • 問い合わせ
  • 資料請求

このコラムを読んでよかったと思ったら、クリックしてください。

「よかった」ボタンをクリックして、あなたがいいと思ったコラムを評価しましょう。

0

こちらの関連するコラムもお読みください。

<< 前のコラム 次のコラム >>
最近投稿されたコラムを読む
Q&A
セミナー・イベント
お客様の声

○Aさん(中年女性)の場合 心身の不調を縁としてご加持を受け、自分の願いが通じると実感されました。 そして祈り方を覚え、商売や家庭にさまざまな問題を抱えなが...

 
このプロの紹介記事
遠藤龍地 えんどうりゅうち

人々が集い、拠り所となる本来の“寺”をめざして(1/3)

 七つ森を望む大和町の静かな山里に「大師山 法楽寺」はあります。2009年8月に建立されたばかりという真新しい本堂には、線香と新しい畳のいい香りが漂います。穏やかな笑顔で出迎えてくれた住職の遠藤龍地さんにはある願いがありました。それは「今の...

遠藤龍地プロに相談してみよう!

河北新報社 マイベストプロ

宗教宗派を問わず人生相談、ご祈祷、ご葬儀、ご供養、埋骨が可能

所属 : 大師山 法楽寺
住所 : 宮城県黒川郡大和町宮床字兎野1-11-1 [地図]
TEL : 022-346-2106

プロへのお問い合わせ

マイベストプロを見たと言うとスムーズです

022-346-2106

勧誘を目的とした営業行為の上記電話番号によるお問合せはお断りしております。

遠藤龍地(えんどうりゅうち)

大師山 法楽寺

アクセスマップ

このプロにメールで問い合わせる このプロに資料を請求する
プロのおすすめコラム
村上春樹氏の「影と生きる」に想う ─影が反逆し始めた世界─
イメージ

 おはようございます。 皆さん、今日もお会いできましたね。 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被...

[ 世間は万華鏡 ]

自衛隊員の本音 ─出征する覚悟、辞める無念─
イメージ

 おはようございます。 皆さん、今日もお会いできましたね。 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被...

[ 不戦堂建立への道 ]

12月の守本尊様は千手観音菩薩です ─救われる時─
イメージ

 皆さん、今日もお会いできましたね。 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被災された方々と、原発事故...

[ 今月の守本尊様・真言・聖語 ]

Q&A(その32)自業自得なら廻向で救われない? ─因果応報と空の話─
イメージ

 皆さん、今日もお会いできましたね。 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被災された方々と、原発事故...

[ 仏教・密教 ]

一年と一周忌供養 ─あの世でもこの世でも救われる話─
イメージ

 おはようございます。 皆さん、今日もお会いできましたね。 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被...

[ 葬儀・供養の安心 ]

コラム一覧を見る

スマホで見る

モバイルQRコード このプロの紹介ページはスマートフォンでもご覧いただけます。 バーコード読み取り機能で、左の二次元バーコードを読み取ってください。

ページの先頭へ