コラム

 公開日: 2016-01-28 

自然と平和地帯 ─いじめの退治、魂の治癒について─

 おはようございます。
 皆さん、今日もお会いできましたね。
 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被災された方々と、原発事故の現場をはじめ、復興に尽力しておられる方々に、み仏のご加護がありますよう心よりお祈り申し上げます。




 精神病やいじめなど、荒れた魂はいかにして救済されるか?

1 チベットの学校における平和地帯

 平成26年10月、当ブログは「いじめ・不登校・戦争をなくす方法 ―チベット人の学校にある平和地帯―」を掲載した。
http://mbp-miyagi.com/mamorihonzon/column/10256/
 インドのダラムサラにあるチベット亡命政府は、各学校に「平和地帯」を設けており、ダラムサラではいじめなどがまったく起こらないという。
 発端は、昭和62年、ダライ・ラマ法王が欧州議会において『チベットは将来、平和地帯となる』と宣言したことにある。
 法王の妹であるジェツン・ペマ先生が主導しているこの活動はDVD『幸せになる』で明らかにされているとおり、学校の一部に、隔離された静かなスペースを用意して「平和地帯」と名づけ、争う心が起こった子供をそこへ連れていって座らせるというシンプルなものである。

「子供たちが喧嘩をしているのを見かけたら、我々の施設において、先生方、大人達、上級生が彼らと話し仲直りをさせた後、平和地帯に行かせ、平和について考えさせます。
 そして、景色や夕陽を見ながら、しばし時を過ごすのです。
 鳥のさえずり、林や花など、その場の素晴らしさを堪能するのです。」

「良い結果が得られた事から、今では子供たちの寮の中にも平和地帯を設けています。
 例えば食堂やリビングなどの片隅にテーブルと椅子を置いて小さな平和地帯を作ります。
 何か子供たちが問題であれば、寮母さんは平和地帯で子供たちと話をします。
 平和地帯を毎日、思い出す事で、常に平和を意識するようになったり、必ず何か変わると思います。
 法王様が仰るように、世界の平和のためには、まず個々人が心の中で平和を培わなければ、我々はこの平和の概念を子供たちへ根付かせるよう努めています。
 彼らが学校を卒業した後も、平和を愛し、非暴力を貫いて育っていければ、我々の努力が実ったと言えるでしょう。」

2 日本の子供における「自然」の死

 故河合隼雄博士は指摘した。

「西洋の文化を急激に取り入れるまでは、日本は大家族的であった。
 子どもたちはそのようななかで、『自然』に育ってゆくことによって健全に育っていった。
 ここに健全というのは難しいことで、言うならば自然に悪も経験することもそのなかに内包することなのである。
 つまり、親がいくら子どもを善い子にしようとしても、子どもも多く、親も忙しいし、子どもは『自然に』生きてゆくのに必要な悪いことを体験し、それを自ら克服してゆくことによって成長したのである。
 ところが、現代では子どもを『自然に』育てることは難しくなっており、管理が行きとどき過ぎて、人工的な善い子をつくりあげることが多くなっている。」(『宗教と科学の接点』より)

「ここに詳述しないが、現代における子どもの多くの問題の背後に、育児における『自然』の消滅の問題が存在していることはよく理解できるであろう。」

 マニュアルにより熱心に育てられた〈問題〉のないお子さんが起こす重大な〈問題〉には、深刻な問題が潜んでいる。
 だからといって、今さら、自然に還れ、大家族に戻ろうと叫んでもはじまらない。

「現代に生きるわれわれとしては、あいまいな形での『自然』との一体感にしがみつくことなく、対象し得られる限りは、自然を対象として把握することを試みつつ、科学と宗教の接点に存在するものとしての『自然』の不思議な性質をよく弁えて、より深く探求を重ねてゆくことが必要であろう。
 人間がどう叫ぼうと、どう考えようと、神そのもの、あるいは自然(ジネン)は簡単に死ぬものではない。
 ヨーロッパにおける神の死の自覚がより深い神への接近をもたらしつつあるように、日本において『自然』の死を自覚することが、自然のより深い理解をもたらすであろう。」

 家庭における生育の過程から自然さが失われ、都会においては、自然そのものを感得しにくい環境で育つ子供が増えている。
 日本の子供たちの惨状は、二重の意味で自然から疎外されていることに大きな原因があるのではなかろうか?

3 箱庭療法の現実

 昭和40年、西洋で箱庭療法に接した博士は、「日本人に非常に向いている」と感じて日本へ持ち帰り、生涯、その実践に徹した。
 
「箱庭のような非言語的手段によって自分の内面を表現し、またそれを治療者が了解するということが容易なのでうまくゆくと思ったのである。」

 現在、日本は世界で最もこの療法が盛んな国となっている。
 重要なのは、治療者が治療しようという意識を離れ、本人の自己治癒力を引き出すという一点にある。
 療法士は、本人の語るに任せ、沈黙するに任せて、そこに居る。

「本人も誰かに頼ろうとし、他人も何とか助けようとして、それらの作用が人間の心の底に存在する自己治癒の力を妨害していたときに、治療者の態度がそのはたらきを容易ならしめた、と言うことができる。」

4 魂の治療

「西洋の医学が人間の身体を『客観的対象』と見なすことにより、科学的な医学を発展させてきたように、人間の『心』というものを『客観的対象』を見なそうとしても、観察者自身も『心』をもっているので、そのようなことが成立しないのである。」

 心は必ず相手の心に作用する。
 物理的にも、観察するという行為は観察される現象に変化をもたらすことが知られており、それを観察者効果と言う。
 ましてや、共鳴する音叉のようなはたらきを持った心同士であり、〈客観〉を柱とする科学のみでは心の真実に迫りにくく、心の問題は解決しにくい。

「確かに問題を限定すると相当科学的に治療が行えることは事実である。
 しかし『たましい』のレベルまで問題にするときは、科学的にはできなくなってくる。
 既に述べたように、治療者がいわゆる『客観的』な態度をとるかぎり、患者の自己治癒の力がはたらきにくくなり、治療は進展しないのである。
 既に述べたような『開かれた』態度によって治療者が接すると、それまでに考えられなかったような現象が生じ、そこにはしばしば共時的現象が生じる。
 その現象は因果律によっては説明できない。
 しかし、そこに意味のある一致の現象が生じたことは事実である。
 そのことを出来るかぎり正確に記述しようとしたとき、それは『科学』なのであろうか。
 それは広義の科学なのだという人もあるだろう。
 しかしそれはまた広義の宗教だとも言えるのではなかろうかる
 つまり、そこには教義とか信条とかは認められないが、自我による了解を超える現象をそのまま受けいれようとする点において、宗教的であると言えるのではなかろうか。」

 共時的現象とは、夢枕や胸騒ぎといったものに近い。
 そのことの重要性に気づいた心理学者ユングは、「原因と結果」という時間の経過を含む原理とは異なる同時的現象について、「シンクロニシティ(共時性)」を提唱した。
 心理療法の現場では、共時性でなければ説明のつかない現象や状態が発生し、それが治癒に劇的な効果をもたらす場合もある。
 それは、ご祈祷やご加持を行っている宗教行為の現場でもしばしば見られる。
 そして、起こった現象そのものが問題なのではなく、結果として生じた心の変化にこそ意義がある。
 不思議なことに、すべては必ず〈救済〉へ向かう。
 宗教者としては、現場における体験からも、お釈迦様が説き、お大師様も説かれた「仏性の共有」は信じて疑いようがない。

「宗教はもともと人間の死をどのように受けとめるか、ということから生じてきたとも言うことができる。」

「最初はいかに生きるかに焦点があてられていた心理療法においても、死をどう受けとめるかが問題にならざるを得なくなった。」

 生を突き詰めて行けば、死を意識せざるを得ない。
 死を孕まない生はないからである。
 生と死を見つめる先には広い意味での自然がある。
 自然は人間をも仏神をも含み、人間のはからいである科学や宗教という言葉をも超えて存在している。

「東洋における宗教の基礎にある自然(ジネン)と、西洋近代科学の対象であった自然(ネイチャ)は、現代において思いの外に重なりを見せ、新しい科学、新しい宗教の課題となりつつあると思われる。
『人間の性質(ネイチャー)は、自然(ネイチャー)にさからう傾向を持つ』はユングの言であるが、人間のネイチャーを問題とせざるを得ない心理療法という領域が、新しい科学と宗教の接点として浮かび上がってきたのも故なしとしないと思われるのである。」

5 自然と平和地帯

 上記のようなことごとを考える時、自然の力を借り、人間の持つ自然を解放する「平和地帯」の活動が持つ奥行きと広がりの大きさに驚く。
 それは、実践によってもたらされた結果で明らかなとおり、宗教的には霊性、仏性を開顕する有力な方法であり、魂を癒す方法としても充分過ぎるほどの科学性を持っていると言えるのではなかろうか?
 当山はこうした場として、動的で金剛界マンダラに当たる「みやぎ四国八十八か所巡り道場」及び、静的で胎蔵界マンダラに当たる「不戦堂」の造営を願い、小さな活動を始めている。

 今日の守本尊不動明王様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。
https://www.youtube.com/watch?v=EOk4OlhTq_M


 ご関心のある方は当山のホームページ(http://hourakuji.net/)をご笑覧ください。
 山里の寺から、有縁無縁の方々の、あの世の安心とこの世の幸せを祈っています。

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