コラム

 公開日: 2016-02-06 

死ののちに見つからむ性の写真など抽斗にあり昼に降る雪 ─アニマ・写真・肉体─

 おはようございます。
 皆さん、今日もお会いできましたね。
 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被災された方々と、原発事故の現場をはじめ、復興に尽力しておられる方々に、み仏のご加護がありますよう心よりお祈り申し上げます。




 吉川宏志氏の歌集『海雨』を読んだ。
 その中に凄まじい一首があった。

「死ののちに見つからむ性の写真など抽斗にあり昼に降る雪」

 自分が死んだあとで見つかるであろう性的な写真をこっそり引き出しにしまってある。
 昼の空を冥(クラ)くしつつ降りしきる雪を眺めているうちに、そのことがふと、思い出された。
 詠んだ氏はこの頃まだ30才台、もっともいのちの勢いが盛んなはずだが、昼の雪に早くも生の翳りを感じとっている。
 その感覚は自分の死後から遺品整理にまで及ぶ。

 女性にはなかなかピンとこないかも知れないが、男性、特に年配の方には思い当たるふしがあり、小さな苦笑が起こることだろう。
 男性は往々にしてこうしたことをやらかす。
 それは、まるで鳥が巣作りのために枯れ枝を集めるようなものだ。

 カール・ユングは、男性にとって魂のイメージは女性像をとって顕れると考えた。
 魂や生命を表すアニマという言葉をそれに当てはめ、男性は生涯、一つのアニマを持って過ごすという。
 一方、女性にとってそうした根源的イメージとしての男性像すなわちアニムスはあいまいで、複数になる傾向がある。
 そしておもしろいのは、そうした心理を補償するための現実的な行動として、男性は複数の女性に関心を持ち、女性は定めた男性に関心を持つらしい。
 だからといって、別に男性の浮気を正当化するわけではないが、冒頭の歌が持つ背景は何となく理解しやすくなる。
 無意識のうちに、自分固有のアニマ像と感応する女性の姿形に惹かれ、写真などを手元に置きたくなる場合があるのだ。
 心底から惚れた恋人や妻がいようと、いまいと、無意識の領域に潜んでいるイメージは消せない。

 事実、かつて、印象的な場面に遭遇したことがある。
 河北新報の「持論時論」に掲載された小生の意見に賛同したAさんは、生前戒名も含め、自分の死後の一切を託したいと申し出られた。
 独り暮らしのお宅を訪ねたところ、ご自身の経歴を告げるために古い箪笥からアルバムを取り出した。
 それをめくっているうちに、半世紀以上も前のものとおぼしき雑誌の小さな切り抜きがこぼれ落ちた。
 黒いガーターと紅いパンティで股を半開きにしたその写真は、かつて、小生が男子校の教室で廻し読みしたエロ本の1ページそのものだった。
 Aさんはこちらを見向きもせず、何ごともなかったようにしまい込み、淡々と話を続けた。
 やがて娘さんに送られるであろうAさんはいつ、処分するのかなと余分な心配をしつつ、同じように娘の手を借りるであろう自分にはもう、そうした〈忘れもの〉が残っていないことを確認し、微かにホッとした。
 Aさんは、当山のご本尊様から授かった戒名によって悠然と仏界へ旅立たれて久しい。

 こんな歌も見つけた。

「カーテンがまばたくたびに上下する メルロ・ポンティ死の前の記述」

 カーテンが揺れ、思考も動く。
 それは、50代で逝った哲学者が晩年、自分の思想を振り返り、見直す軌跡に通じて行く。

 モーリス・メルロー=ポンティは半世紀ほど前に活躍したフランスの哲学者である。

「私の身体が世界のなかにあるありかたは、心臓が生体のなかにあるありかたとおなじである。」

「感覚とは贈与ではなく、感覚されるものとの『交換』である。
 感覚とは、あるいは『共存』にほかならない。
 感覚とは『存在との原始的な接触』であり『感覚する者と感覚されるものの共存』である。」

 彼は、自分を〈主体〉、周囲の現象世界を〈客体〉と分離せず、肉体を持つ自分そのものに存在の両面性、あるいは全体性が具わっていると考えた。
 そして、最後にはこんなところまで行った。

「私の身体は、世界(それも一箇の知覚された世界)とおなじ肉でできている。」

 ここに、吉川宏志氏の歌が言葉と肉体を一つにし、ひときわ濃い血の通った作品になっている秘密があるのではないか。
 妻の入院と手術に際してこう詠んでいる。

「足指に塗られていたるマニキュアを拭(ヌグ)いてやりぬ手術する足」

「全身の麻酔の前にこまごまと妻は言うなり鍋のこと塩のこと」

 歌人鳥居氏は、吉川宏志氏の作品に学んだという。

 今日の守本尊勢至菩薩様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。
https://www.youtube.com/watch?v=qp8h46u4Ja8


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 山里の寺から、有縁無縁の方々の、あの世の安心とこの世の幸せを祈っています。合掌

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