コラム

 公開日: 2016-02-08 

死に学ばずしていつ学ぶ? ―『チベットの生と死の書』を読む(8)―

 おはようございます。
 皆さん、今日もお会いできましたね。
 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被災された方々と、原発事故の現場をはじめ、復興に尽力しておられる方々に、み仏のご加護がありますよう心よりお祈り申し上げます。




 ソギャル・リンポチェ師の著書『チベットの生と死の書』は、生と死を考える人びとへ重要な示唆を与える一冊である。
 伝統仏教の最先端を示し、かつ、最奧をもかいま見せる高貴な魂の結晶である。
 師は「仏法をより近づきやすいものに、現代的、実践的なものにするために著した」とされているが、700ページ近い力作で、なかなか読み通せないかも知れない。
 以下、全体の概要というよりは、いくつかのポイントを挙げておきたい。

第三章 内省と変身

 師は、我が子を失って我を失った母親クリシャ・ゴータミが、お釈迦様に救われた逸話を紹介する。
 彼女は我が子の死を受け入れられないまま、お釈迦様の言うとおり、死者を出したことのない家々を探し回るが、ご先祖様のいない人はいるはずもなく、疲労困憊の果てにようやく、死は誰にでも訪れるということの真実性に気づく。

「クリシャ・ゴータミの物語はわたしたちが現実に何度も目にする事実を物語っている。
 それは、死との身近な出会いが真の目覚めをもたらすということ、生に対する姿勢そのものを変容させてしまうということである。」

 私たちは、生きものが必ず死ぬことを知識として、また常識として知っている。
 しかし、知っていることと、それを動かしようのない真実として受けとめ、そこに立ってものごとを考え、判断し、生きるということとの間には途方もない距離がある。
 師の言う「真の目覚め」とは、ある病気が特定のウィルスによって起こることをつきとめるといった、知られざる事実の発見を指すのではない。
 むしろ、知っていたはずの事実にあらためて気づくといった内容だ。
 「死との身近な出会い」はそのきっかけとなる。
 クリシャ・ゴータミのような〈我が子の死〉との出会いなどは典型的な例である。

 わたしたちは彼女と同じく、「なぜ?」と問わずにいられない。
 この問いの根拠には、いくつもの前提がある。
 死が年令の順になっていない、死をもって償わねばならぬほど悪いことをしている子ではない、自分がこういう目に遭わねばならぬ理由が思い当たらない、などなど。
 確かに、因果応報はお釈迦様が説かれた真理であり、ものの道理だ。
 死という結果に原因のなかろうはずはない。
 しかし、一方で私たちは、因と果のつながりのすべてを知る能力を持っていない。
 そうした意味で、「なぜ?」の答は得られぬ場合が少なくない。

 また、死の持つ内容は、生きられる条件の喪失である。
 そもそも私たちは、五蘊(ゴウン)という要素がうまくまとまっている場合のみ生きられる存在だ。
・色蘊(シキウン) …肉体を含む一切のモノ
・受蘊(ジュウン) …感受作用
・想蘊(ソウウン) … 表象作用
・行蘊(ギョウウン) …意志作用
・識蘊(シキウン) …認識作用
 そして、まとまっている状況は永遠に続きはせず、五蘊仮和合(ケワゴウ)という。
 そもそも、いのちがはたらいているのは〈仮そめ〉の状態でしかない。
 こうした条件の崩れや崩壊や喪失はさまざまな原因により生じ、それが一定のレベルを越えれば〈再和合〉は叶わない。
 私たちがそうなった原因を知るか知らないかということは一切、関係のない成り行きである。
 だから、「なぜ?」に答が得られぬ場合が少なくない。

 もう一つ、答が得られぬ根本的理由として、心のどこかに〈自分は例外〉という意識があることも挙げられる。
 江戸時代の文人大田南畝(オオタナンポ)は75才で転び、死を迎えるに至り、辞世の歌を詠んだ。
「今までは 人のことだと 思ふたに 俺が死ぬとは こいつはたまらん」
 もう立派な長寿となっていたのにこう言い遺したのは、自分の生への未練ではなかろう。
 広く人間一般の心理を衝いたのだろう。
 いずれにせよ、私たちは普段、特に死について〈自分は例外〉と思い、死の不安や恐怖から離れていればこそ、日常生活に没頭して生きられるとも言える。
 しかし、例外はあり得ない。
 だから「(よりによって)なぜ?」という問いはそもそも成り立たない。
 私たちの日常は常に、いつか必ず全員が当たるあみだくじを引き続けているようなものである。
 今日、当たってびっくりする理由は何もない。
 むしろ、今日、当たらないことに安堵し、感謝するしかないのだ。

 ともあれ、「なぜ?」という問題意識が「真の目覚め」へのきっかけとなるのは事実である。
 問い続けるうちに、忘れかけていた事実が真実として立ち顕れる。
 そして、魂が真実と共鳴する体験は「生に対する姿勢そのものを変容させてしまう」。

 因果の糸を繋ぎきれない自分の愚かさを知る。
 人間のはからいが届かない生と死の峻厳さを知る。
 〈自分だけは(死に神につかまらぬ)例外〉なのではなく、五蘊仮和合によって〈例外的に(危うい)生を保っている〉のだと知る。
 これらがもたらす「変容」とは、生きざまが変わることである。
 お釈迦様は、変容の入り口に立ったクリシャ・ゴータミへこう告げたという。

「苦しみがあなたに学ぶ準備をさせてくれました。
 今あなたの心は真理に向かって開かれています。
 わたしがその道をあなたに見せてあげましょう。」

 小生も、ご葬儀の後で行う供養に関する法話の締め括りに申しあげる。
「故人は、自分の死をもって皆さんを立ち止まらせ、2500年も受け継がれてきた供養の真実について耳にする機会をつくってくださいました。
 どうぞ、この機会を生かし、真の供養を行うことによって真の恩返しをしてください。」
 実に「死との身近な出会いが真の目覚めをもたらす」のである。
 ゆめゆめ、死を〈手続き〉と〈処置〉で手軽に済ましてしまわぬようにしたい。
 それでは死者を冒瀆するだけでなく、送る方々が魂を眠らせ、向上する貴重で重大な機会を失ってしまう。
 しっかり立ち止まり、慌ただしい日常を離れた心で故人の魂と向かい合っていただきたい。
 きっと、気づかないでいた心の目が開くことだろう。

「のうまく さんまんだ ぼだなん あびらうんけん」※今日の守本尊大日如来様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。
https://www.youtube.com/watch?v=LEz1cSpCaXA


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 山里の寺から、有縁無縁の方々の、この世の幸せとあの世の安心を祈っています。

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