コラム

 公開日: 2016-02-11 

イラク戦争と靖国神社への祈り(その21) ─日常生活の中で修行はできないか?─

 おはようございます。
 皆さん、今日もお会いできましたね。
 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被災された方々と、原発事故の現場をはじめ、復興に尽力しておられる方々に、み仏のご加護がありますよう心よりお祈り申し上げます。



 平成16年1月、自衛隊のイラク派兵に鑑み、仏神と祖霊のご加護で自衛隊員の無事帰還をはかるべく、靖国神社へ向かって托鉢行を始めた。
 世界の情勢が急変を見せ始めた今、そのおりの記録を加筆訂正しながら再掲しておきたい。
 不戦日本の願いを込めて。

 ご葬儀など、帰山しての法務が続いている。

○日常における修行(2月29日)

 ホームページをご覧になられた方からのご質問である。
「自分を変えるために、日常生活の中で実践できる行はないのでしょうか?」
 迷わず、四摂法(シショウホウ)をお勧めした。

①布施(フセ)

 相手の身になり、一切の見かえりを求めず、真に相手のためになる行為を実践すること。
 与えるものはお金やモノとは限らず、汗を流したり、真理真実を伝えたりするなど、無形のものも含まれる。
 価値あるものを自分のためだけに抱え込むのではなく施し、分かち合い、誰かが喜ぶのを見て、自分も心から嬉しくなるようでありたい。
 これは無常の真理を忘れた執着心という迷いを脱する大切な修行である。
 マザー・テレサは諭した。

「大切なのは、どれだけ多くを施したかではなく、それをするのに、どれだけ多くの愛をこめたかです。」

 何を手立てとしても、救いをもたらすものは、それに込められたまごころである。

②愛語(アイゴ)

 相手のためになる言葉を用いること。
 必ずしも優しい言葉だけではなく、危険を避けねばならぬ場合などは厳しく激しい言葉が必要な場合もある。
 思いやりの心があれば、言葉は必ず愛語になる。
 その反対に、関心の薄いものごとについての言葉はどうしてもいいかげんになる。
 たとえば北方領土を管轄する政治家が「歯舞」や「色丹」を読み間違ったらどうだろう。
 それは知識の問題ではなく、恐ろしくも、関心の問題である。
 私たちは薬の効能書きが読めぬ医師にいのちを託せようか?
 マザー・テレサは断言した。

「私たちは、成功するためにここにいるのではありません。
 誠実であるためにここにいるのです。」

 まごころそのもので生きた人の言葉である。
 そのまごころが、私たちのまごころを眠りから目覚めさせる。
 社会的成功などという幻に惑わされず、誠実であるかどうか、自他へ問いたい。
 ──自分は誠実か、自然に愛語が出る自分であろうか?
 ──この人は誠実か、この言葉は愛語だろうか? 

③利行(リギョウ)

 他のためになること。
 他人だけが〈他〉ではなく、社会や国、あるいは生きとし生けるものも含まれる。
 身・口・意で善きことを行えば、必ず誰かの利益になる。
 反対に、悪しきことを行えば必ず誰かの何かを損ねるが、それと同様に避けるべきは〈自分だけの安寧〉を求めたり、〈仙人のような世捨て人〉を目ざすことである。
 そこに欠けているのは慈悲心である。
 歌人吉川宏志氏は詠んだ。

「イスラエルに野性のシクラメン咲くと聞きしはいつか日々爆死あり」

 歌人の魂が詠ませた歌は、私たちを立ち止まらせ、無惨を想像させ、自分を含めた〈人間の所行〉を省みさせる。
 慈悲心は利行の源泉である。

④同事(ドウジ)

 自分を相手の立場に置くこと。
 悲しんでいる人のそばにいたり、人手が足りない人には手伝ったりすること。
 お大師様は、地域住民と朝廷からの要請に応え、誰もできなかった満濃池の改修工事を行ったが、具体的な指示を出しただけではなかった。
 お大師様はまず現地で托鉢を行いつつ、説いた。
 人々の歴史的な苦を我がものと受けとめた上で檄を発した。

「満濃の池は限りない仏の福田だ。
 我が身のためとも思わぬ努力に、長い子孫への恵みは流れる。 
 働くところへ報いは来るものだ。 
 虚しく天を仰いでいても、甘露は降らぬぞ。 
 そなたたちの運ぶ土で、仏道の魂は錬られるのだ。
 そなたたちの汗が、秋の稔りに姿を変える。 
 仏天の加護は働くものの肩に加わる」(「小説・弘法大師物語」より)

 そして、雲霞のごとく集まり、昼夜を問わず汗を流す人々のそばで護摩法を行い、仏天のご加護を祈ったのである。
 人々は奮い立ち、仏神はご加護を垂れた。
 やがて、長年にわたって住民を苦しめてきた災厄の池は、子々孫々にわたって福徳をもたらす池へと変貌を遂げた。

 この4つは、日常生活のどこででも実践可能である。
 商売をするのなら、社会に喜ばれる商いをすれば良い。
 勤めているのなら、手抜きをしないで汗を流し、会社のためになれば良い。
 料理を作るのなら、食べる人の身になって作れば良い。
 政治家は国家国民のために、先生は生徒のために、医者は患者のために、役者は観客のために、僧侶は悩む人のために、それぞれ、真剣に己の分を尽せば立派な行であるとお釈迦様は説かれたのである。

 今日の守本尊阿弥陀如来様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。
https://www.youtube.com/watch?v=4OCvhacDR7Y


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 山里の寺から、有縁無縁の方々の、あの世の安心とこの世の幸せを祈っています。

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