コラム

 公開日: 2016-02-19 

東日本大震災被災の記(第177回) ─支え合う極楽を─

 おはようございます。
 皆さん、今日もお会いできましたね。
 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被災された方々と、原発事故の現場をはじめ、復興に尽力しておられる方々に、み仏のご加護がありますよう心よりお祈り申し上げます。

 ときおり、東日本大震災の被災地で祈る。
 そして、しばしば、違和感を感じる。
 ──新世界の出現に。
 かつて托鉢で歩いた集落が津波で消え去り、まったく新しい景観が形づくられつつあるが、それは、もはや〈かつての町〉ではない。
 無論、再び同じ被害を受けないように万全を尽くすのは理の当然ながら、本当に住民の皆さんはこうした〈別の町〉の住民になりたいと望んでおられるかどうか、訝しく想われる。
 一つの地域に根差し、そこで日々を過ごしていた方々の暮らしとまったく異質の空気を持った空間は、再び同じように人びとへ安心と喜びと活気を持たせつつ定住させるかどうか、心配しないではいられない。
 堤防などの巨大な建造物は、自然と共生してきた人たちの文化を生かせるのだろうか?
 海から隔離された〈安全〉なはずの堤防の内側で、いかなる文化が営まれ得るのだろう?

 こんな疑問を持っていたところ、2月18日の朝日新聞は、大正大学准教授山内明美氏(南三陸町出身)のインタビュー記事「『三陸世界』と復興」を掲載した。
 氏は言う。

「いまの復興事業は、私には三陸沿岸を津波のおそれのない地域と同程度まで改造しようとしているように見えます。
 三陸が長年抱えてきた自然のリスクなんて、もう受け入れないぞ、と。
 近代の論理でいえば一見正しいのですが、それによって、三陸の人びとが生かされてきた風土は失われてしまいそうです」

 天にそびえる堤防は「風土」の破壊者かも知れない。

「震災後の三陸に通ううちに『三陸世界』とでも呼びたい、独自の生き方や価値観、風土の存在にあらためて気づきました。
 近代社会が追い求めてきた、自然に立ち向かう強靱(きょうじん)さや合理性とは全く違うものです。
 三陸の人たちは大津波や飢饉(ききん)など、過酷な自然と折り合いをつけながら生きてきたのです」

 風土は、救済者であり、同時にいつでも破壊者になり得る自然との共生によってつくられてきた。

「ここには『鹿躍(ししおど)り』という、江戸時代から漁師が継承してきた、死者を供養する踊りがあります。
『シシ』とは四つ足の獣のこと。
 伊達藩の文書には、約400年前に村が全滅する大飢饉があり、その供養で鹿躍りが奉納されたという記録があります。」

 そして奉納を記した石碑にはこう書かれているという。

「一切の有為(うい)の法躍り供養奉るなり」
 有為法(ウイホウ)とは仏教用語で、現象世界のありとあらゆるものを指し、漏れるものはない。
 地域の人びとはその意味に忠実な用い方をしている。

「地元の人によると『この世にある一切を躍って供養する』という意味だそうです。
 一切とは、木も草も動物も人も土も海も、です」

 津波をもたらす海をも供養するのは、平時には大いなる恵みをもたらすからである。
 飢饉をもたらす土をも供養するのは、平時には大いなる実りをもたらすからである。

「陸も海も大事にする。
 そういうメンタリティーからは、あれほどの巨大開発や、陸と海とを切り離すような復興計画は出てこなかったでしょう。
 守られるべきなのは人だけではない。
 自然を含めすべてを守り、その中で人も守られる、ということですから」

 自然を破壊し、自然を遠ざけ、人間だけが守られようとする思考は、「三陸世界」から遠く隔たっている。
 自然と共に生きる者は、自然を畏怖し、畏敬している。

「厳しい自然環境を前に、生きることとは、もろくてはかないものだ、と認識せざるをえない。」

 人びとは「もろくてはかない」人生の支えとして、同時に表現として、障子紙による切り紙の御幣を神棚へ祀る。

「もろくて、はかなくて、繊細で、すぐに汚れる。
 風になびいたり、さらさら音を出したり。
 そこに人々は神様の訪れを感じるのでしょう。 
 長く大事にして継承してきました」

 はかないいのちを生きる人びとのはかない願いをみそなわす神は、真っ白な紙が切られてできた空間としてのタイやカブやモチをご覧になり、哀れと思し召し、ご加護を垂れる。
 
「一方、近代社会は強くて、大きくて、分厚くて、強靱なもの、永久に続くものを求め、作ろうとします。
 現在の復興工事がまさにそれですね。
『近代』が、三陸ならではのものが生まれる場所を埋めている。
 私にはそんな気がしてなりません」

 この指摘は看過できない。
 ブルドーザーのキャタピラーが低地を埋め立てるだけでなく、文化の根をも埋めつつあるという感覚は恐ろしい。
 それは小生ならずとも、少なからざる人びとが共有する実感ではなかろうか?
 しかし、私たちは「近代」という空気を吸わずには生きられない。

「三陸の人たちに対して、なぜこんなへんぴで危ない場所に住んでいるんだ、安全なところに移ればいいのに、といわれることがあります。
 でも、三陸の強みは、海があって山があること。
 リアス式海岸は、大津波が来たら被害はめちゃくちゃ大きい。
 でも、普段はものすごく魚が寄ってくる場所なんです。
 とても豊かな場所なんです。
 だからずっと人が住み続けている。
 何回津波が来ても」

 「津波をはじめ圧倒的な自然への畏敬(いけい)なしに、三陸での暮らしは成立しません。
 ここの住人は自然に打ち勝つなどということは考えもしません。
 それがいま、まちの論理で、近代知だけで、復興を進めてしまっている」

 とは言え、防備無しの生活はあり得ないのではないか?
 防備には「近代」の知と力を有効利用するべきではないのか?

 「まちの人にとってはそれが正しい。
 その通りです。
 でも漁師の論理は違います。
 三陸に住む限り、いつか津波に遭うことは避けられない。
 漁師はそれをよく知っている。
 津波と一緒に生きるというふうに思っている。
 だから、『一切を供養奉る』なのです。
 津波さえ供養する」

 「漁は危険を伴う生業です。
 そのかわり海からものすごくいろんなものをもらってきた。
 三陸の人にとっては、そこに海との『経済』があるんです」

 「一方的に人間だけが守られて安全だというような状況は、海との関係性でいったら、人間だけ得していることになってしまう。少なくとも海と陸を分断する考え方は、三陸の発想から生まれたものではないです」

 「三陸から沖に出て流されたら、あるのは圧倒的な大海原です。
 対岸なんてない。
 太平洋へ向き合うときの心情とは、無限の絶望感ではないか、と思います。
 かなわないという気持ち。
 それが『三陸世界』です。
 もともと『負け』から始まっている。
 それでも三陸で暮らそうと思うなら、ここで豊かさを求めるなら、津波と折り合いをつけて暮らすしか道はないと思います」

「ここの人たちはそうやって困難を乗り越えてきたのです」

 幾度となく、ほとんど全滅させられながらも、「ここの人たち」は、その経験を生かした乗り越え方を編みだし、いのちをつないできた。
 巨大な津波を起こし得る海であればこそ、恵比寿様の笑い顔のような豊かさをもたらす。
 人間にとって破壊と恵みの両面がある海を、人間の都合で一面的に利用しようという発想は、現に共生している「ここの人たち」とは無縁のものである。

「そこへ、海や山の形を変えてしまうような大開発が入ってきました。
 これで本当に住民を守れるのか。
 逆に将来のリスクを大きくしてしまうのでは」

「巨大な防潮堤にしても高台のアパート群にしても、作っただけでは終わりません。
 将来の維持補修費だけでも相当の金額になるはずです。
 既に財政再建を余儀なくされている地方自治体の多くは、公共事業を連打した後に立ちゆかなくなります。
 前例はいくらでもあります。
 少子高齢化が進むなかで、次の世代、さらに次の世代に負担を与えてしまうことは確かだと思うのですが」

 しかし、膨大な工事はもはや、止められないところまで来ている。
 どうやって「ここの人たち」が紡いで来た「三陸世界」をつないで行くか?

「人口が減っていくのだから、今からでも小さくできるものは小さくする、なるべく作らない、なるべく手を引く。
 役場の職員は何もしないのかという批判に耐え、小さくしていく」

「私自身は1次産業にこだわっています。
 農林水産業でこの町の人たちが食べていくにはどうするか、考え、活動しています。
 それが『三陸世界』の生きる道だと思うからです」

 時代の流れと震災の影響で減りつつある人口を「近代」の力によって増やし、経済的に発展させようとするのではなく、山と海のはざまに集落をつくってきた「三陸世界」の人びとは、山での農林業と海での水産業をもって生きて行く道をこそ、模索すべきであると言う。

「ここでは住民の7割が被災したのに、餓死者も野宿者も放置児童も出ませんでした。
 地域の支え合いが生きていたからです。
 一軒一軒の所得は高くなくても、海や山のもの、家の庭でとれたものなどをゆずりあって暮らしてきました。
 食うに困らない地域でした。
 海も山もあるのに、食うことにさえ困る地域になっては大変です」

 ここで言う「支え合い」の持つ意味は深い。
 流行の言葉である「福祉」や叫ばれる「絆」とは違う。
 自然がもたらす喜びも苦しみも分かち合ってきた風土に生きる人びとが自然に身につけた共通の〈ふるまい方〉である。
 子供から大人まで、〈おかげさま〉のおかげで〈お互いさま〉と生きられるなら、それこそが極楽浄土ではないか。
 儚いいのち、決して自然に勝てないいのちを〈共に生きる〉人間であればこそ、極楽浄土の住人になれる。
 そこに、膨大な経費で作られる〈近代〉の防護壁と鎧にすがり、〈個々に生きる〉現代人の不安はない。

「高台移転で立派な団地ができたはいいが、なじんだ共同体は壊れ、生活のありようががらりと変わってしまうのでは――。
 心配なのはこれからです」

「都市社会が脆弱(ぜいじゃく)なのは、いざというときの食料確保が困難なことも一因です。
 比べて『三陸世界』には、近代を包み込んでも余りある知恵があります。
 それを損なわないで復興できれば、ひょっとして、新しい社会の構想や姿が見えるかもしれません」

 今はエネルギーをめぐっての争いがもっぱらだが、すでに、食物をめぐる争いが展開されつつある。
 自然の一部である人間は、親であり庭である自然界から食べものをいただかなければ生きられない。
 人間は、一粒の米ですら、無から作り出すことはできない。
 東日本大震災と福島原発の事故を体験してなお、自然を敵視し、常勝者たらんとする人間の仕業は、御幣に宿る神々の目にどう映っていることだろうか。

「のうまく さんまんだ ぼだなん あびらうんけん」※今日の守本尊大日如来様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。
https://www.youtube.com/watch?v=LEz1cSpCaXA


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 山里の寺から、有縁無縁の方々の、この世の幸せとあの世の安心を祈っています。

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