コラム

 公開日: 2016-04-03 

非合理がつきまとういのち ─合理的な答をもたらす科学と、非合理的な疑問に答える宗教─

 おはようございます。
 皆さん、今日もお会いできましたね。
 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被災された方々と、原発事故の現場をはじめ、復興に尽力しておられる方々に、み仏のご加護がありますよう心よりお祈り申し上げます。

 西明寺の田中貞雅師は、いのちには非合理がつきまとい、それに対処するには科学以外のものが必要になると言う。

 ちなみに科学とは「実験と観測によってテストしてよいものを選ぶ」という方法である。
 科学的に〈優れている〉とされたものは、その時点において、誰にとっても〈優れている〉はずである。
 たとえば、インフルエンザの予防薬や治療薬は、より優れているものが開発され、使用可能になったなら、誰でもそれを用いる。
 それまで用いられていた薬は捨てられる。
 劣っていることが明白な薬はもはや、必要とされない。

 また、科学とは、反証可能な世界である。
 たとえば、敗戦後、シラミなどに悩まされる人々のために重宝されたDDTは後になって人体や環境への悪影響が指摘され、現在、あの白い粉を頭からふりかける学校はない。
 昭和21年に〈優れている〉として選ばれたDDTは、昭和46になると使用禁止の憂き目に遭った。
 人間に圧倒的な益をもたらすDDTは、深刻な不利益をも、もたらすものであることがわかり、DDTの優秀性は反証された。
 このように、科学的な真理は常に反証の可能性を持っている。

 こうした科学は、「自分は限られたいのちをどう生き、どう死ぬべきか?」という問いに対する答を持たない。
 100人いれば100通りあるギリギリの答は、いずれも科学的な方法による反証は不可能であり、反証の可能性に依って立ち得る科学は、役割を果たしようがない。
 たとえば、Aさんは臓器提供をしたい、Bさんは普通の火葬を望む、この二つについて「実験と観測」によって白黒をつけることはできない。
 つまり、生き死にに関する根源的問いに対して、科学的合理性は役立たない。
 
 師は、病苦と死苦を免れないいのちについて熟考すれば、三つの非合理につき当たらざるを得ないと説く。

1 苦しみの軽減といのちの延長が矛盾する状態での二者択一

 強制栄養を行うかどうか、延命可能性の低い状況で副作用の強い療法を用いるかどうか、など。

2 自分のいのちと他人のいのちを譲り合えるかという二者択一

 臓器移植のように、誰かの延命のために誰かのいのちがなくなることが望んでよいかどうか、など。

3 「話せばわかること」でない話をするかどうか、聴くかどうかという二者択一

 ガンの告知など。

 こうした場面では、一人一人のいのちと心をかけた問いが問われ、自ら出さねばならぬ答が出ないもどかしさに苦しみ、悩む。
 もしも、苦のまっただなかで、自分のいのちを超えた何らかの価値に気づいたならば、「それこそがその人の宗教であり、いのちの苦を緩和するもの」である。
 師は、「消極的安楽死」という意味になってしまった「尊厳死」について、ホスピス運動の創始者デーム・シシリー・ソンダースが述べた本来の定義を述べる。
「死にゆく人が本人の人生に価値を見いだすこと」
 そして、ここで必要な「価値」は科学以外の分野からもたらされねばならず、そこでは人文学のプロが求められると言う。
 つまり、人文学の素養を持ち、患者の言葉を〈聴く人〉が必要なのだ。

 いつか必ず、非合理な問いを発しないではいられなくなる私たち人間にとって、人生の締め括りとなる時に、自分なりの価値を見出して納得しつつ死を迎えられるかどうかは、重大な岐路である。
 そこで必要な宗教や哲学などの人文学が、日本では明らかに排除されつつある。
 これは私たちが本当に望む方向なのか?
 私たちは〈合理性〉に頼りすぎてはいないか?
 科学が役立たない状況を軽視してはいないか?
 その軽視は、人間といのちへの軽視につながってはいないか?
 よく考えてみたい。

「おん あらはしゃのう」
 今日の守本尊文殊菩薩様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。
https://www.youtube.com/watch?v=WCO8x2q3oeM


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