コラム

 公開日: 2016-04-05 

健全な肉体と健全な精神の話(その1)

久方ぶりに四国の霊場を巡拝しています。
 大雨の可能性もあったのに、徳島空港へ到着した時は、ほとんど無風で晴れ間すら見える絶好の日和で、メンバー中、自称「晴れ女」三人組は大はしゃぎでした。
 本当にありがたい観音様方のご利益です。

 ともあれ、小生は、出発間際に読んだ本からの問いかけが頭を離れません。
 子供の頃からこう聞かされて来た言葉は本来の意義から、かけ離れているというのです。



「健全な精神は健全な肉体に宿る」

 私たちは、身体が健康になるよう努力すれば、必ず精神も健康なものになる、と教えられてきました。
 その裏には、不健康な考えを持つような者はまず身体をよく鍛える必要がある、病弱でひ弱な者に限ってろくな考えを持たない、という前提がありそうです。
 確かに、考えてみれば、これはおかしな話です。
 身体の健康な人がまっとうな考えでまっとうに生きており、病弱の人はそうでないなどということはありません。
 ウィキペディアは、古代ローマの詩人ユウェナリスが最初に語った言葉についてこう書いています。



「ナチス・ドイツを始めとする各国はスローガンとして『健全なる精神は健全なる身体に』を掲げ、さも身体を鍛えることによってのみ健全な精神が得られるかのような言葉へ恣意的に改竄し、軍国主義を推し進めた。 
 その結果、本来の意味は忘れ去られ、戦後教育などでも誤った意味で広まることとなった。
 このような誤用に基づいたスローガンは現在でも世界各国の軍隊やスポーツ業界を始めとする体育会系分野において深く根付いている。」

 小生はまさにそのような教育を受けたわけですが、本来はどうだったのか?
 やはり、ウィキペディアを読んでみましょう。



「幸福を得るため多くの人が神に祈るであろう事柄(富・地位・才能・栄光・長寿・美貌)を一つ一つ挙げ、いずれも身の破滅に繋がるので願い事はするべきではないと戒めている詩である。
 ユウェナリスはこの詩の中で、もし祈るとすれば『健やかな身体に健やかな魂が願われるべきである』(It is to be prayed that the mind be sound in a sound body) と語っており、これが大本の出典である。」

 ユウェナリスは、なまじ財産や地位や健康な体などがあると、人間はロクなことをしないと言っているようです。
(これでは戦中戦後の教育と正反対であり、恵まれた人々や権力者にとって辛辣、かつ、都合のよくない言葉です)
 だから、私たちは、誰しもが望む健康体であってなお、魂も健やかであるよう、極めて難しいことだが、せめて祈ろうではないかと言っているのです。
 人間がどう生きがちであるか、彼は冷静に眺めています。

 さて、我が身を振り返ってみると、「健全な精神は健全な肉体に宿る」が、実にまやかしであると実感されます。
 少なくとも、小生は、ユウェナリスの懸念どおりの生き方をしてきました。
 自分が胸を患い、小学生のおりに心臓病だった同級生を失い、中学生のおりに腎臓病だった同級生を失った頃は、ろくでもないことをほとんどしませんでした。
 しかし、身体が丈夫になり、思いもよらぬ成り行きで始めた商売が当たって収入が増えてくると、ろくでもない行為が普通になりました。
 社会的な悪事をはたらいたわけではありませんが、まさに「魂」のレベルで「健やか」ならざる生活を送っていたものだと、我がことながら、情けない気持になります。
 挙句の果てに事業で失敗し、多くの人々に多大なる迷惑をかけてしまいました。
 出家するしかなくなった成り行きは自業自得そのものであり、今の日々は罪滅ぼし以外の何ものでもありません。

 そして、「健やかな魂」がいかなるものであるかはよくわかりませんが、財産や権力や健康な身体を持っていてなお、そうしたものに恵まれない人々も同じ人間であると差別なく観る[視点]や、この世を形成する者としてお互いに等しい存在であると実感できる[感性]や、恵まれない人々を見捨てておけない[気持]の源泉のようなものであるとするならば、やはり獲得困難であろうと思わざるを得ません。
 私たちは、「健やかな身体」を持ってなお、いかにすれば「健やかな魂」を獲得できるのでしょう?
 傲慢でなく、無慈悲でなく、自分だけがもっともっとと貪る卑しさや、相手を思い通りにできないがゆえの怒りや、無常を観ない愚かさから脱する道を歩むにはどうすればよいのでしょうか?
 
 ユウェナリスの〈困難な祈り〉を考えながらお参りします。

※4月9日(土)の寺子屋で、いろいろ、皆さんと語り合いましょう。

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