コラム

 公開日: 2016-04-11 

〈無常〉から〈変わらざるもの〉へ ―『チベットの生と死の書』を読む(15)―

 おはようございます。
 皆さん、今日もお会いできましたね。
 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被災された方々と、原発事故の現場をはじめ、復興に尽力しておられる方々に、み仏のご加護がありますよう心よりお祈り申し上げます。


〈祈りの場に咲くもの〉

○変わらざるもの

 ソギャル・リンポチェ師は『チベットの生と死の書』において、恐怖や不安が友であると説く。

「西洋の詩人ライナア・マリア・リルケは、わたしたちの深奥にひそむ恐怖は、わたしたちの深奥に眠る宝を守る龍である、といっている。
 無常がわたしたちのなかに呼び覚ます恐怖、何ものも実体を持たず、何ものも永続しないという恐怖、この恐怖がわたしたちのもっとも大いなる友であるということを、わたしたちはやがて知ることになるのである。
 なぜこの恐怖が友なのか。
 なぜなら、この恐怖ゆえに、わたしたちはみずからにこう問いかけるようになるからだ。
『森羅万象すべてのものが死にゆき、変わってゆくのなら、本当の真実とは何なのか。
 事象の向こうに何かがあるのか。
 果てしなく限りなく広やかなる何かが、そのなかで変化と無常がダンスを踊る何かが、そこにはあるのか。
 本当に頼りとできる何かが、死と呼ばれるものをこえて生きる何かが、そこにはあるのか』
と。」

 師は〈問題意識〉について語っている。
 あらゆるものが無常であり空(クウ)であるならば、私たちの存在意義はどこにあるのだろうか?
 鴨長明は『方丈記』に書いた。

「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。
 淀みに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとどまりたるためしなし。
 世の中にある人とすみかと、またかくのごとし。」

 人間も、家も、川の淀みにポッカリと浮かんではすぐに消えてしまう水の泡のようなものであれば、私たちの営みはすべて、あまりにも空しいではないか。
 束の間の生にいかなる意味があるのだろう?
 こう、問わずにはいられない恐怖や不安や焦燥こそが、目に見える無常な世界の〈向こう側〉を観るための第一歩となる。
 そして、生きるために、社会的存在であるがゆえの役割を果たすために、さまざまなものを得る努力をしつつ、それら〈空しいもの〉にすがらない心で生きていると、現象世界の意義や価値が徐々に姿を顕してくる。

「手放すことについての観想と実践をたゆまずつづけていると、自分のなかに何かが、何か名づけえないもの、語りえないもの、概念化しえないものが姿を現してくる。
 この世界にあまねく変化と死の、その向こうに横たわる『何か』をわたしたちは実感しはじめる。
 そして、不変への妄執がもたらす偏狭な欲望と気散じが、崩れ、消えはじめる。」

 我欲(ガヨク)が薄れれば、つまらぬ怒りが起こらず、愚かしい考えも持たなくなる。
 慈雲尊者(ジウンソンジャ)は説かれた。

「貪欲(トンヨク…貪り)ある者は必ず瞋恚(シンニ…怒り)あり。
 瞋恚ある者は必ず貪欲あり。
 その悪不善法たることは一つなり。
 貪欲を離るれば瞋恚も薄くなり、瞋恚を離すれば貪欲も薄くなる。
 その善功徳たることは一つなり。」

 すがっても甲斐のないものへすがらなくなれば、何もなくなるわけではない。
 師の説く「偏狭な欲望と気散じ」という邪魔ものがなくなるだけのことである。
 それでもなお、自分は生きており、生きものたちも生きている。
 ただし、ここで気づかれた〈生〉と〈存在〉は、貪り、怒り、真理を離れた考えに縛られていた時のそれと同じではない。
 自分の生き方が変わることによって、〈生〉と〈存在〉もまた、異なる相貌を見せ始めるのだ。

「こういったことが起こるようになると、無常の真理の背後に広がる広大な意味がときおり燃えたつようにきらめくのを、わたしたちはかいま見るようになるだろう。
 それはまるで、これまでのいくつもの生にわたって暗雲と乱気流のなかを飛行機に乗って跳びつづけてきたわたしたちが、ひときわ高く舞い上がり、見わたすかぎりの晴れわたった空のなかに飛び出したようなものだ。
 この新たなる自由の次元に飛びこんだことに刺激され励まされて、わたしたちは自己の深みにある安らぎ、喜び、信頼を見出す。
 それはわたしたちを大いに驚かすだろう。
 そして、わたしたちのなかに『何か』があるのだという確信を、何ものにも打ち壊されることのない、何ものにも変化させられることのない、けっして死ぬことのない『何か』があるのだという確信を、徐々にしっかりと根づかせてゆくことになるだろう。」

 師は聖者ミラレパの言葉を挙げる。

「死を恐れて、わたしは山に逃げ込んだ
 日夜、死の時の定めがたさについて瞑想を繰り返し
 不死にして不滅の心の本質をわがものとした
 今、死の恐怖は消え去った」

 問題意識と問い続ける生き方は、救いへと結晶する。

「わたしたちは何なのか、わたしたちはなぜここにいるのか、わたしたちはいかに振る舞うべきなのかといったことが、個人的に、まったく非概念的に、明かされるのである。
 こういったことのすべてが最終的にたどりつくのは、他でもない、新しい生、新しい誕生である。
 それを復活と呼んでもかまわない。
 変化と無常の真理について、絶え間ない、恐れを知らぬ瞑想をつづけてゆくうちに、やがて感謝と喜びのうちに、不変の真理に、不死の真理に、不滅の心の本質に、向きあっている自分に気づくのである。
 何と美しい、何という治癒力をそなえた神秘であることか!」

 仏教の修行、あるいは仏法を体した生活は、このように意識も意欲も変える。
 こうした意識の転換を転識得智(テンジキトクチ)と言い、転換した清浄な意欲を大欲(タイヨク)と言う。
 版画家棟方志功は晩年、こう言った。

「俺もとうとう自分の作品に責任を持たなくてもよいようになってきた。」

〝この俺が自分に恥ずかしくないような作品を創る〟という意識から離れて創作活動ができるようになったという意味だろう。
 彼はいつしか、自分が生み出すラカンさんや観音様に導かれていたのだろうか。
 師の言う「治癒力をそなえた神秘」とは、根源的な救いの世界を述べて余すところがない。

 今日の守本尊阿弥陀如来様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。
https://www.youtube.com/watch?v=4OCvhacDR7Y

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 山里の寺から、有縁無縁の方々の、あの世の安心とこの世の幸せを祈っています。

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