コラム

 公開日: 2016-04-23  最終更新日: 2016-05-10

目覚めの訪れ ―『チベットの生と死の書』を読む(15)―

 おはようございます。
 皆さん、今日もお会いできましたね。
 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被災された方々と、原発事故の現場をはじめ、復興に尽力しておられる方々に、み仏のご加護がありますよう心よりお祈り申し上げます。





 チベット密教のソギャル・リンポチェ師は生と死について説く。

第4章 心の本質

 師は説く。

「みずから作りあげた暗くせまい牢獄に閉じ込もって、それが全宇宙だと思い込んで、ほとんどの人は現実の異なった次元を想像してみることすらできないでいる。」

 そして、パトゥル・リンポチェが行った蛙の話をする。
 大海からやってきた一匹の蛙が、生後ずっと井戸の底で暮らしてきた年老いた蛙を訪ねる。

「おまえさんはどこからやってきたのかね」と、井戸で暮らしてきた蛙。
「でっかい海からだよ」と、大海からやってきた蛙。
「その海とやらはどのくらいでっかいのかね」
「すんごく、でっかいね」
「このわしの井戸の四半分くらいかな」
「もっとだね」
「もっと?じゃあ、半分くらいか」
「いんや、もっとでっかい」
「じゃあ……この井戸くらいでっかいか」
「くらべもんになんねえな」
「そんなことがあってたまるか!わしが行って、この目で確かめてやる」
 二匹の蛙は旅立った。
 井戸からやってきた蛙が大海を見たそのとき、驚きのあまり、その頭はパァンと破裂し、千々に飛び散った。

 まさに〈想像を絶する〉という状況である。
 井戸にいた蛙の脳は対応できなかったが、対応できた時に得られるものは凄まじい。
 たとえば、9才のおりに起こった師の体験である。

 ジャムヤン・キェンツェから石窟の中に呼ばれ、こう言われた。

「今からおまえを、おまえの本源たる〈心の本源〉に導く。」

 そして、金剛鈴と小さな太鼓を手に祈った後で、突然問われた。

「心とは何か!?」

 師は驚く。

「心は砕け散った。
 言葉も、名前も、思考も吹き飛んだ。
 まさにまったくの無心だった。」

「あの驚きの瞬間に何が起こったのだろう。
 過去の思考はかき消え、未来はまだ起こっていなかった。
 思考の流れは断ち切られた。
 あのひたすらな衝撃の中でひとつの裂け目が生じ、その裂け目のなかから、すべての執着を離れた、透明で直感的な、〈今〉への目覚めが姿を現したのだ。
 それは単純で、裸で、本質的なものだった。
 その裸の単純さははかり知れない慈悲の温もりを放っていた。」

 これは、当山が求めに応じて行う引導(インドウ)の修法に似ている。
 生前によほどの覚悟をしておかなければ、死は、つかまる生が逃げて行くという状態でやってくることだろう。
 手放す思いしかなければ、心は死を迎えた時に行き場を失う。
 夏目漱石は短編集「夢十夜」の第七夜にそれを書いた。
 人生の意味も目的も見つけられない男がある夜ついに、海へ飛び込む。

「自分はますますつまらなくなった。
 とうとう死ぬ事に決心した。
 それである晩、あたりに人のいない時分、思い切って海の中へ飛び込んだ。
 ところが――自分の足が甲板を離れて、船と縁が切れたその刹那に、
 急に命が惜しくなった。
 心の底からよせばよかったと思った。
 けれども、もう遅い。
 自分は厭でも応でも海の中へ這入らなければならない。
 ただ大変高くできていた船と見えて、身体は船を離れたけれども、
 足は容易に水に着かない。
 しかし捕かまえるものがないから、しだいしだいに水に近づいて来る。
 いくら足を縮めても近づいて来る。水の色は黒かった。」

「そのうち船は例の通り黒い煙を吐いて、通り過ぎてしまった。
 自分はどこへ行くんだか判らない船でも、
 やっぱり乗っている方がよかったと始めて悟りながら、
 しかもその悟りを利用する事ができずに、
 無限の後悔と恐怖とを抱いて黒い波の方へ静かに落ちて行った。」

 恐ろしい話ではないか。
 夏目漱石自身が「この作品が理解されるには長い年月がかかるだろう」と言ったとおり、十の短篇はいずれも深刻で、とりわけ、この男の話はきつい。
 引導は、こうした不安と恐怖が最も高まった場面で行われる決定的な修法行為である。
 去ろうとしている御霊へ法をかけ、瞬時に〈渡す〉。
 御霊はそこでようやく「はかり知れない慈悲の温もり」を感じられることだろう。
 夏目漱石は、我がこととして「無限の後悔と恐怖」を把握していたはずだ。
 さすが、と言うしかないが、〈その先〉を受け持つ宗教が日本でこれほど疎んじられる時代が来ると想像していたかどうかはわからない。

 冒頭の寓話が示すとおり、私たちは、自分の心が作った〈井戸〉で暮らす。
 日々、飲むもの、食うもの、着るものを他人様へ迷惑をかけることなく手に入れ、自分の寝床で寝て、ときおりセックスを行い、子供ができれば育て、親が老いれば面倒をみる。
 そうした日常だけであれば、最後は「夢十夜」の男のように望もうと、あるいは望むまいと、ある日、場合によっては突然、戸惑いの中で無の闇に引き込まれ、生を終える。
 死後に引導を受ければまだしも、生きている間中、もっとも確かな〈私〉だったはずの肉体を焼かれただけの状態であれば、彷徨う御霊はどうなるか……。
 だから、日々、修法の最後に唱える願文において慈雲尊者の言葉を口にする。
「いまだ成仏せざるものには、願わくは、成仏せしめん」
 祈らずにいられない。

 さて、ソギャル・リンポチェ師の体験だが、それは生前に引導を受けるようなものではなかったか?
 瞬間の導きである。
 そうして「はかり知れない慈悲の温もり」を感じたことのある者にとっては、幻の〈井戸〉がそもそもなかったと気づくことがそれほど困難ではない。
 師はそのことをこう言う。

「弟子自身のなかに息づく悟りの存在に、弟子を目覚めさせるに過ぎないのである。」

 生と死におけるいかなる瞬間が〈目覚めの瞬間〉なのかは、さまざまである。
 仏縁としか言いようがないと思う。
 その願いを込めて当山ではよく「仏縁の皆様へ」と呼びかける。
 師弟の目覚めが感応するとは、弟子の目覚めが師をさらに目覚めさせることも含む。
 だから、師弟は「おかげさま」であり「お互いさま」の関係であると思っている。

 今日の守本尊阿弥陀如来様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。
https://www.youtube.com/watch?v=4OCvhacDR7Y

 ご関心のある方は当山のホームページ(http://hourakuji.net/)をご笑覧ください。
 山里の寺から、有縁無縁の方々の、あの世の安心とこの世の幸せを祈っています。

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