コラム

 公開日: 2016-05-09 

ミケ子はキジを獲り、人は人を殺す ─本来の仏が迷う姿─

 おはようございます。
 皆さん、今日もお会いできましたね。
 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被災された方々と、原発事故の現場をはじめ、復興に尽力しておられる方々に、み仏のご加護がありますよう心よりお祈り申し上げます。



 妻が騒いでいる。
「ミケ子がキジを獲ったみたいだよ」
 あり得ると思った。
 何しろ、小型でおっとりしているクロでさえ、かつてはスズメやモグラを獲って意気揚々と玄関へ運んで来たものだ。
 情報は、キジが歩いていたあたりでミケ子がウロウロしているという極めて曖昧なものだったので、それ以上の詮索はやめた。

 なぜか、最近、聴いた話を思い出した。
 かつてイラン・イラク戦争のおり、崩壊したイランのパーレビ王朝関係者がジャングルに亡命していて、侵攻したイラク軍兵士の暴虐ぶりを目にした。
 兵士たちはイランの女性を集めて暴行し、最後は一人づつコモにくるんで全員を爆殺した。
 飛んで来た肉片が近くへ落ち、この世の光景とは思えないものを見た彼は心のどこかが壊れ、時にはむやみと他人へ優しくするが、時には平然と冷酷な行動をとるようになったという。

 ケモノは節理に従うのみ。
 人間は真理・道理に合わせるか、合わせないか、迷う。
 慈雲尊者(ジウンソンジャ)は不殺生戒について説いた。
 
「一切衆生(シュジョウ)は我が子なるによって、一切有命(ウミョウ)の者に対すれば不殺生戒となる。
 一切有命の者が眼に遮(サエギ)れば必ず慈悲心生ず。
 この菩薩(ボサツ)の心を戒と名づく。
 この菩薩の心、衆生に本来具有のものなれど煩悩(ボンノウ)・業障(ゴッショウ)の深厚(ジンコウ)なるによって現ぜぬまでなり。」

(いっさいの生きとし生けるものは、我が子同様に、み仏からいのちを分けいただいた者同士であり、この心で生きとし生けるもののに接すれば不殺生という戒律の実践者となる。
 生きとし生けるものが目に入れば必ず思いやりの心が生ずる。
 おのづからそうなった菩薩の心が、戒の成就である。
 この菩薩の心は、生きとし生けるものを代表する人間には本来的に具わっているものだが、自己中心的な煩悩と、悪行の悪しき影響力、そしてそれが招く障りによって表れにくくなっているのである)

「もし残忍の心をたくましくして、罪なき者をことさらに殺害して、極大(ゴクダイ)の苦悩怨恨を生ぜしむる。
 この時、業(ゴウ)の種子(シュウジ)が成就して、他時異日(イジツ)、我が身に集まる。
 無しと言われず。」

(もしも残忍の心を逞しくし、何ら罪のない者をわざと殺害して、この上ない苦悩と怨恨を生ぜしめたとしよう。
 その時は、悪しき影響力の核がはたらき、やがて悪しき結果がその者の一身に集まる。
 因果応報は避けられない)

「殺生の、人道に背き、天命に背き、正道理に違うことを知り、みだりに殺さずみだりに悩まさぬが、世間相応の持戒者。
 殺生の業果(ゴウカ)空(ムナ)しからぬを信じ、殺さず悩まさず、憎み恨まぬが、出世間少分相応の浄持戒者なり。」

(殺生が人道に背き、天命に背き、人間としての正しい道理に違うことを知り、他の生きとし生けるものをみだりに殺したり苦しめたりしないのが、一般世間における持戒者である。
 殺生の悪業が因果応報の理によって必ず悪しき報いを生じさせると信じ、他の生きとし生けるものを殺さず、苦しめず、憎まず、恨まないのが、出家の立場としては、最低限度、資格が保たれる持戒者と言える)

「人間に生まれしことの尊重なるを憶念するは、道に達する要津(ヨウシン)なり。
 自ら自己人身に尊重の心あれば、自暴自棄の患(ワズラ)い無し。
 更に、微細の虫蟻に至るまで本性の平等なるに達す、これを不殺生戒全きと名づく。」

(人間として生まれた事実そのものの尊さ、重さを肝に銘じて忘れないのが仏道を成就するための要点である。
 み仏から授かった我が身を尊重する心があれば、何があっても自暴自棄になるおそれはない。
 さらに小さな虫や蟻までもが尊いいのちを授かった者として皆、平等であると知って害さず、苦しめないのが、不殺生戒を完全に成就した状態である)
 
「人たる道に背き清浄妙心の中に地獄を建立す。
 大火を現ず。
 大水を現ず。
 仏と異ならぬ心を持ちつつ、自ら迷うて業相(ゴッソウ)の姿を構え、ここに死しては彼に生じ、しばらくも定かならず。
 生もなく滅もなき場所に、自(ミズカ)ら生死(ショウジ)を構えて種々に顛倒(テンドウ)す。
 自己心中に大安楽のあるを知らず迷うなり。」

(人間の人間たる道に背き、本来清浄で精妙な心の中に自分で地獄を現出させてしまう。
 無限の火炎地獄を生じさせる。
 無限の寒氷地獄を生じさせる。
 本来、み仏の子としての心を持っているにもかかわらず、自分から迷って悪業の結果として生じた姿になり、ここで死んだかと思えば、あそこに生まれ、迷いの世界を転々として彷徨うばかりである。
 本来、生死を超えた存在であることに気づかず、自分から生き死にの苦を招き、いのちを真理に反した形ではたらかせる。
 自分の心中に、無限の安楽があることを知らず、迷っている)

「おん あらはしゃのう」
 今日の守本尊文殊菩薩様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。
https://www.youtube.com/watch?v=WCO8x2q3oeM

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 山里の寺から、有縁無縁の方々の、あの世の安心とこの世の幸せを祈っています。

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