コラム

 公開日: 2016-05-24 

誰かのためになること、向上心を捨てないこと ─慈悲心と勝義心について─

 おはようございます。
 皆さん、今日もお会いできましたね。
 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被災された方々と、原発事故の現場をはじめ、復興に尽力しておられる方々に、み仏のご加護がありますよう心よりお祈り申し上げます。



 私たちは、何かに対して一生懸命になります。
 その目的はほとんど、二つに集約されるのではないでしょうか。
 一つは、生きるため、もう一つは、おもしろいから。
 おおざっぱに、「仕事」と「趣味」と言えるかも知れません。

 しかし、お大師様は説かれました。

「菩薩(ボサツ)の用心は、みな慈悲をもって本(モトイ)とし、利他(リタ)をもって先とす。
 よくこの心に住して浅執(センシュウ)を破して深教(ジンキョウ)に入(イ)るるは、利益(リヤク)最も広し」

(菩薩が心を用いる際は、すべて慈悲により、他者の幸せを先にする。
 私たちもしっかりとこの心になり、浅はかな執着心を克服し、深い教えに入るならば、最も大きな幸せを得られる)

 お地蔵様や観音様や虚空蔵様は、すべてお慈悲を本体とし、その活動は自分の悟りのためではなく、誰かの苦しみを除き、誰かに幸せをもたらすことを第一にしておられます。
 オスカー・ワイルドの童話『幸せな王子』はその物語です。
 お像として立っている王子様は、困っている人々のため、ツバメに頼んで、自分の身体に埋め込まれている宝石を次々に与え、とうとう何もなくなります。
 そして、宝石を運んでいたツバメは冬が来て凍え死に、悲しみに心臓が弾けた王子様の像も美しさを失い、町の人々に溶かされてしまいます。
 しかし、心臓だけはどうしても溶けず、ツバメの屍体と共に捨てられました。
 やがて、神様から「この町で最も美しいもの」を持ってくるように命ぜられた天使が選んだのは王子の心臓とツバメでした。
 王子とツバメはその後、天国で幸せに暮らしたのです。

 このように、一生懸命になるもう一つのやり方があります。
 それは誰かのためになる菩薩の道です。
 私たちは、欲しがっていた何かを得れば嬉しいけれど、誰かのためになった時の充足感や満足感や清涼感には格別なものがあります。
 まして、感謝の言葉などが返ってくれば、本当によかったという思いが心の底から起こってきます。

 ところで、この教えが説かれた当時、仏教各派の間で激しい論争が行われ、相手を論破しようとするだけでなく、誹謗するような面もありました。
 お大師様はその風潮に対し、冒頭の教えを説かれただけでなく、続けてこう諭しておられます。

「若(モ)し名利(ミョウリ)の心を挟みて浅教(センキョウ)に執し、深法(ジンポウ)を破すれば斯(ソ)の尤(トガ)を免れず」

(もし、自分の名を上げたいなどの自利をもくろみ、浅はかな教えに執着して深い仏法を破るような行為をなすならば、その咎めは免れない)

 この文章は冒頭の文章ほど気にとめられないようですが、極めて重要な教えです。
 ある教えや考え方に強い執着心を持ち、それがあれば何でも論破できそうな気がして他の教えや考え方を叩き、それでこと足れりとしてはなりません。
 そもそも、わからないから学び始めたはずであり、学べば学ぶほど自分の思考など所詮、底が浅いという実感が起こり、謙虚になるものです。
 そこで自分自身を客観的に見る視点が身につけば、より高いもの、深いもの、優れたものとの出会いに気づき、向上できます。
 これを勝義心(ショウギシン)と言います。

 勝義心は、冒頭の文章で説く〈利他の心〉がある限り、揺るぎません。
 介護士であれ、タクシードライバーであれ、植木屋であれ、お客様のためになろうとすれば、向上心を捨てられるはずがないではありませんか。
 しかし、楽をするためにうまくやろうと自利を求め始めれば、真の向上心はあっと言う間になくなってしまいます。
 あるいは政治家が自己主張を第一として、真摯な対話や説明や論議を避けるならば、政治は堕落します。
 もちろん、こうした利他だけでは王子様のようになりかねないので、すっかり〈生き仏〉になりきってしまうことはできません。
 それでもなお、お大師様の教えを心のどこかにしまっておけば、どうにかまっとうさを失わずに役割を果たせるのではないでしょうか。

 利他を忘れないこと。
 向上心を捨てないこと。
 この「慈悲心」と「勝義心」はセットです。
 しっかり生きたいものです。

「おん さん ざん ざん さく そわか」

 今日の守本尊勢至菩薩様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。
https://www.youtube.com/watch?v=qp8h46u4Ja8

 ご関心のある方は当山のホームページ(http://hourakuji.net/)をご笑覧ください。
 山里の寺から、有縁無縁の方々の、あの世の安心とこの世の幸せを祈っています。合掌

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