コラム

 公開日: 2016-05-26 

【現代の偉人伝】第227話 ─行き着くところまで行った岡潔─

 おはようございます。
 皆さん、今日もお会いできましたね。
 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被災された方々と、原発事故の現場をはじめ、復興に尽力しておられる方々に、み仏のご加護がありますよう心よりお祈り申し上げます。



 最近、昭和53年に亡くなった数学者岡潔博士に再び脚光が当たっているという。
 5月23日付の朝日新聞も「数学の本質『論理ではなく情緒』」として紹介した。

「マティスの展覧会に行き、年代順に並べられた作品やその作品に先立つ素描をたくさん見て『数学もこんなふうにやればよいのだ』と思ったという。
 文学も好み、漱石や芥川、芭蕉などの作品を愛読した。
 数学教育については『計算の機械を作っているのではない』と情緒を培うことの大切さを強調した。」

 博士は、情緒を磨き、霊性を高めることが人間として生きるすべての面において中心的課題であると考えた。
 大正時代に光明主義を掲げ活躍した山崎弁栄上人の教えに「誤りを見つけられない」と断じ、華厳(ケゴン)の世界を友とした。
 華厳はこの世そのままに悟りの世界を感得するもので、お大師様も高く評価しており、奈良の東大寺に伝えられている。
 
「6、7年間考え続けても、完全に行き詰まることが3回あり、その後に必ず数学上の大きな発見があったという。
『本当に行きづまるためにはね、そっちを一旦指さしたら微動もしないという意志がいる(中略)行きやすい所を選って行ったら、行きづまるということはあり得ない』」

 小生は学生時代、アルバイトをしながら山崎弁栄上人や博士の本を読みあさった。
 生き方がわからなかった時代、わからないままに彷徨い続けたことは、かけがえのない財産だったと、後になって気づいた。
 5月25日の産経新聞は作家頭木弘樹(カシラギ・ヒロキ)氏の新著『絶望読書』を紹介した。
 氏はこう言っている。
「絶望したときは、どっぷりと浸らないかぎり、本当の立ち直りは訪れません」
 あいまいなままで浮ついた生活に入り、全財産を失ってからようやく「本当の立ち直り」を得た者としては、腹の底から納得できる。
 今はとかく、早く楽をする方向へ導くものにあふれてはいないか?
 迷う〈はずの〉、あるいは迷う〈べき〉学生時代に、早く稼ぐ方法をうまく探さないと人生に遅れるよとばかりに急き立てる現在の教育には、何かが決定的に欠けているのではないか?
 行きづまりから逃げなかったためにジャンプできたという博士の言葉の重みが胸に迫ってくる。

 博士に驚愕した経験は山ほどあるが、特に、芭蕉を批判した文章は忘れられない。
 江戸時代の俳諧師野沢凡兆が「下京や雪つむ上の夜の雨」と詠んだおりのエピソードである。
 以下、博士の著書『日本民族』から抜粋する。

「この句を作るとき凡兆は『雪つむ上の夜の雨』とすらすらできたのだが、上五字がどうしても置けず、とうとう芭蕉に相談すると、芭蕉は門下の人々に置かせてみた。
 人々はそれぞれに置いてみたが、凡兆はうべなわない。
 それでとうとう芭蕉が『下京(シモキョウ)や』と置いた。
 しかし凡兆は黙して言わない。
 それで芭蕉が、もしこれ以上の上五字があったら、私はもう俳諧のことを口に出さないといったので、凡兆もこの五字に決めたのだという。
 私は凡兆にも芭蕉にも一応同感する。
 しかし、芭蕉が俳諧をやめるようなことになっても仕方がないから、この上五字は良寛に頼むべきだと思う。
 良寛がどう置くかはわかるようでわからないが。『下京や』とは置かないに決まっている。
 私に置かせてくれれば『生死(イキシニ)や』だろう。」

 置いてみて驚いた。
「生死(イキシニ)や雪つむ上の夜の雨」
 動けなくなった。
 人生がつかみきられている。
「下京や」の句とはまったく別ものになった。
 しかし、70才になった今、学生時代とは異なる感覚でこのあたりを読みなおしてみると、凡兆はそれでも納得しなかっただろうと思う。
 なにしろ、こう詠んだ人である。
「市中は物のにほひや夏の月」
「竹の子の力を誰にたとふべき」
 博士の「生死や」はあくまでも博士のものだ。
 見聞きし、嗅ぎ、味わい、触れるものをそのままに写し取る凡兆は「生死」とは詠まないだろう。
 もしかすると、「雪つむ上の夜の雨」は、このままで未完の傑作とすべきだったのかも知れない。

 いずれにしても、博士は数学を入り口として宇宙を相手にされたと思う。
 行き着くところまで行こうとした博士の背中は遥かに遠いが、確かな灯火であることは疑えないと思う。

「のうまく さんまんだ ぼだなん あびらうんけん」※今日の守本尊大日如来様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。
https://www.youtube.com/watch?v=LEz1cSpCaXA

 ご関心のある方は当山のホームページ(http://hourakuji.net/)をご笑覧ください。
 山里の寺から、有縁無縁の方々の、この世の幸せとあの世の安心を祈っています。

この記事を書いたプロ

大師山 法楽寺 [ホームページ]

遠藤龍地

宮城県黒川郡大和町宮床字兎野1-11-1 [地図]
TEL:022-346-2106

  • 問い合わせ
  • 資料請求

このコラムを読んでよかったと思ったら、クリックしてください。

「よかった」ボタンをクリックして、あなたがいいと思ったコラムを評価しましょう。

1

こちらの関連するコラムもお読みください。

<< 前のコラム 次のコラム >>
最近投稿されたコラムを読む
Q&A
セミナー・イベント
お客様の声

○Aさん(中年女性)の場合 心身の不調を縁としてご加持を受け、自分の願いが通じると実感されました。 そして祈り方を覚え、商売や家庭にさまざまな問題を抱えなが...

 
このプロの紹介記事
遠藤龍地 えんどうりゅうち

人々が集い、拠り所となる本来の“寺”をめざして(1/3)

 七つ森を望む大和町の静かな山里に「大師山 法楽寺」はあります。2009年8月に建立されたばかりという真新しい本堂には、線香と新しい畳のいい香りが漂います。穏やかな笑顔で出迎えてくれた住職の遠藤龍地さんにはある願いがありました。それは「今の...

遠藤龍地プロに相談してみよう!

河北新報社 マイベストプロ

宗教宗派を問わず人生相談、ご祈祷、ご葬儀、ご供養、埋骨が可能

所属 : 大師山 法楽寺
住所 : 宮城県黒川郡大和町宮床字兎野1-11-1 [地図]
TEL : 022-346-2106

プロへのお問い合わせ

マイベストプロを見たと言うとスムーズです

022-346-2106

勧誘を目的とした営業行為の上記電話番号によるお問合せはお断りしております。

遠藤龍地(えんどうりゅうち)

大師山 法楽寺

アクセスマップ

このプロにメールで問い合わせる このプロに資料を請求する
プロのおすすめコラム
村上春樹氏の「影と生きる」に想う ─影が反逆し始めた世界─
イメージ

 おはようございます。 皆さん、今日もお会いできましたね。 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被...

[ 世間は万華鏡 ]

自衛隊員の本音 ─出征する覚悟、辞める無念─
イメージ

 おはようございます。 皆さん、今日もお会いできましたね。 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被...

[ 不戦堂建立への道 ]

12月の守本尊様は千手観音菩薩です ─救われる時─
イメージ

 皆さん、今日もお会いできましたね。 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被災された方々と、原発事故...

[ 今月の守本尊様・真言・聖語 ]

Q&A(その32)自業自得なら廻向で救われない? ─因果応報と空の話─
イメージ

 皆さん、今日もお会いできましたね。 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被災された方々と、原発事故...

[ 仏教・密教 ]

一年と一周忌供養 ─あの世でもこの世でも救われる話─
イメージ

 おはようございます。 皆さん、今日もお会いできましたね。 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被...

[ 葬儀・供養の安心 ]

コラム一覧を見る

スマホで見る

モバイルQRコード このプロの紹介ページはスマートフォンでもご覧いただけます。 バーコード読み取り機能で、左の二次元バーコードを読み取ってください。

ページの先頭へ