コラム

 公開日: 2016-06-04 

「終活」と「終括」 ─自分を懸ける真実世界─

 おはようございます。
 皆さん、今日もお会いできましたね。
 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被災された方々と、原発事故の現場をはじめ、復興に尽力しておられる方々に、み仏のご加護がありますよう心よりお祈り申し上げます。



 5月28日、お不動様のご縁日にお焚きあげの修法を行い、皆さんから託されたお品とお心と向きあった後、「終活」ならぬ「終括」こそ大切ではないかと気づかされ、翌朝のブログへ書きました。
 もう少し、書き加えておきます。
 就職活動のように、自分の死後の始末を決めておく活動が盛んに行われるようになりましたが、手続きや始末によって、本当に〈死の準備〉ができるわけではありません。
 何よりも、人生を正面から総括し、残りのいのちをかけて本当にやらねばならないことを見つけたいものです。

 ──どうやって自分の人生を締め括るか?

 ギリギリの問いはこう言い換えられます。

 ──残りの人生を懸けられるものは何か?

 そこではもう、あれほど大事にしてきた健康も、財産も、誇りにしてきた権力や栄誉も〈対象〉でないことがはっきりします。
 それらはすべて、目的のための手段です。
 では、目的は何か?

 この地点において、自分がこれまで人として培ってきたものが顕わになります。
 そこで、人は2種類に分けられます。
「何かに懸ける人と、懸けるものが見つからない人」

 これまでは他人も自分も、こう分類してきたのではなかったでしょうか。
「健康や財産や名誉に恵まれている人と、恵まれていない人」
 
 しかし、死を意識して自分の人生を眺め、残りのいのちを想う時、そうした考えは背景に退きます。
 なぜなら、それらは〈比較〉による意識でしかなく、自分の人生やいのちそのものの絶対性の前では、比較が意味を持たないからです。

 かつて、娑婆で吹けば飛ぶような愚かしい威勢を張っていた頃、軽装で山へ登ったために遭難しかけたことがありました。
 気配に気づいた重装備の山男に無言で助けられ、お礼に差し出せもしないポケットのお札の軽さと無意味さに呆然としたものです。
 かつて、托鉢行に邁進していた頃、ボロボロのお宅で膝行(イザ)りながら出てきたお婆さんが、震える手でお札をくださったことがありました。
 添えられた励ましの言葉によって猛然と勇気が湧いた時の感覚は忘れられません。

 人が何か本ものに懸ける時、そこが真実世界になるのではないでしょうか?
 私たちは本ものに懸け、真実世界を生きているでしょうか?

 独り暮らしのAさんは愛猫Bちゃんを数年間にわたって看病し、最期を看取りました。
 Bちゃんは他の猫たちにも見守られながら眠るように逝ったそうです。
「Bちゃんが苦しむと私も苦しいのですが、ずっと私を支えてくれたBちゃんをきちんと送ってやるまで、私もがんばらねばならないと思って必死にやってきました。
 死んだことは悲しいのですが、Bちゃんはもう苦しまなくていいのだと思うと、大きな安堵感を覚えます」
 Aさんは、残った猫たちにも感謝しつつ、生かし、生きて行けるよう日々、祈りを欠かしません。

 それまでいろいろあったとしても、死を自覚すればもう、締め括るか、漫然と過ごすか、道は二つしかありません。
 満足感と安心感に満たされて死ぬか、不安と恐怖心に苛まれて死ぬか。
 最後に懸けて悔いないものを見つけ、真実世界の住人として真実世界へ還って行きたいものです。

 
「おん さんまや さとばん」※今日の守本尊普賢菩薩様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。
https://www.youtube.com/watch?v=rWEjdVZChl0

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 山里の寺から、有縁無縁の方々の、あの世の安心とこの世の幸せを祈っています。

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