コラム

 公開日: 2016-06-23 

【現代の偉人伝(第228話)】 ─『原爆供養塔』を書いた作家堀川惠子氏─

 おはようございます。
 皆さん、今日もお会いできましたね。
 今般の大災害に際し、亡くなられた方々と、被災された方々と、原発事故の現場をはじめ、復興に尽力しておられる方々に、み仏のご加護がありますよう心よりお祈り申し上げます。



 作家堀川惠子氏は、広島の原爆供養塔を守り続けている一人の女性と、供養塔に眠る御霊の周辺を取材し、『原爆供養塔 忘れられた遺骨の70年』を書き上げた。
 平成27年に出版された同著は、このたび大宅賞を受賞した。
 氏はこれまで、連続ピストル射殺事件を起こし、19年前に死刑となった永山則夫をとりあげた『裁かれた命──死刑囚から届いた手紙』などのノンフィクション作品を書いてきた。
 いずれの作品からも、いかに虐げられようと、行為の価値を理解されまいと、人間としての何かをかけつつ生きる者を見捨てられない必死の思いが伝わってくる。
 お会いしたことはないが、まさに菩薩(ボサツ)、生き仏であると感じている。
 今回、氏が取材したのは、今年93才になる佐伯敏子さんである。

 佐伯敏子さんは、かつて、遺骨が納められた広島の原爆供養塔を守り、遺骨を遺族のもとへ届けてきたが、今は老人保健施設に入り、ほとんど動けなくなっている。
 氏は、その人の言葉を聴き、遺族たちを訪ね、この書を書いた。

「7万人もの遺骨が納められた原爆供養塔は、いわば広島の墓標だ。」
 
「かつて原爆供養塔のそばには、遠くから見ても一目でこの場所だと分かる巨大な木碑が建っていた。
『原爆納骨安置所』と書かれたその木碑は、ある日、市民に知らされることなく撤去された。
 そして供養塔の地下室へと入る入り口に書かれた『安置所』という大きな文字も、知らぬ間に白いペンキで塗りつぶされた。
 死者の存在を示す印そして言葉は、年々、目立たぬよう細工されてきた。
 かろうじて原爆供養塔の南側に新しい案内板が置かれているのは、被曝者の遺族が、せめて『名札』くらい立てて欲しいと訴え続け、2005年になってようやく実現したものだ。
 ここに眠るのは『神』でも『仏』でもなく、『人間』である。
 さらに言えば、無差別に殺された人たちだ。
『神聖』というもっともらしい響きの中に、遺骨となった死者たちにまつわる苦しみに満ちた記憶は遠ざけられてしまった。」

 今、この墓標を訪れる観光客はほとんどない。

「原爆資料館では、訪問者に当時の凄惨な雰囲気を伝えてきた被曝者のケロイド人形が、2016年には撤去されることが決まった。
 広島の戦後から、死者たちの姿はどんどん消えていく。
 平和とはまるで、白いハトを空に飛ばすことであり、折り鶴を飾ることであり、緑豊かな公園や子どもらの美しい歌声にとって代わってしまったようだ。
 七〇年前、無念のまま町のあちこちで燃やし尽くされた〝死者たち〟の声は、どんなに耳を澄ましても聞こえてこない。」

「あの日、広島で一体何が起きていたのか。
 そして私たちは戦後七〇年、その事実と本当に向き合ってきたのか。
 これまで語られることのなかった、もう一つのヒロシマ。
 原爆供養塔、そこに眠る死者たちの物語を始めたい。」

 以上が、序章の要点である。
 平和がいかに声高に叫ばれようと、ついこの間、平和が壊された事実はどんどん風化されて行く。
 壊される前に在った確かな平和と、それが壊される戦争とを直視せずして、本当に平和が目ざされることなどあり得ようか。
 記憶が薄れ、想像力が枯渇した時、私たちは〈繰り返す〉のだ。
 終戦直後に「また戦争をやろう」とする者はいないだろう。
 しかし、戦争はなくならない。
 原発事故の直後に「このまま原発を続けよう」とした者はいなかったはずだ。
 しかし、実際は、トップが「安全とは申し上げられない」と言うしかない新たな〈安全基準〉なるものがつくられ、まるで何ごともなかったかのように原発は再稼働されつつある。

 氏は終章に書いた。

「人間は、愚かで弱い。
 強いものにすがりつきたくなる。
 行儀の悪い隣人がいて、それをやっつけろと責めたてる力強い声が上がれば、賛同したくなる時もある。
 いざ大きな潮流が動き始めると、どんな優れた政治家も著名な文化人も作家もマスコミも、みなその流れに呑み込まれ、むしろ加担していく。
 一旦、溢れ始めた濁流にひとりで立ちはだかることができるほど、人は強くない。
 七〇年前、私たちはそのことを経験し教訓を学んだ。
 だから戦後の日本は、たとえ戦争に踏み出しそうになっても身動きのとれぬよう、二度と戦争ができぬよう、自らに対して、どこの国よりも重い手かせ足かせを課してきた。
 それは、同じ過ちは繰り返さないという覚悟の上に築いた、平和を維持するための『装置』でもあった。
 その『装置』を、もっともらしい理由を並べて強引に取り外そうとする動きが、今の日本にはある。」

「世界の国々は今、一万発を超える核兵器を保有している。
 今後、その一発も使われない保証など、どこにもない。
 二〇一五年三月には、ロシアのプーチン大統領がウクライナ危機に際して核兵器を準備したことを明らかにした。
 日本だけが世界の紛争と無縁でいられる時代では、もはやない。
 戦争はいつも些細な出来事から始まり、〝正義〟の衣をまとって拡大していく。
 そんな世界へと向かって歩を進めることは、先の戦争で命を奪われた幾百万もの死者たちへの裏切りにほかならないだろう。」

 私たちは今ならまだ、平和と戦争を思い出し、あるいは平和と戦争をリアルに想像し、何を繰り返すべきではないかと、落ちついて考えられる。
 しかし、思い出すことのできる体験者が減り、ゲームで〈バトル〉慣れした若者が増え、もう少し、この〈潮流〉が強まれば、その先はおぼつかない。
 戦争も、原発事故も、語り継ぐ意思が弱まり、絶えたならば、必ず繰り返されるだろう。
 語り継ぎたいとの一心で生きて来られた佐伯敏子さん、その思いを伝えようと奮闘しておられる堀川惠子氏、生き仏たちの言葉に心の耳を傾けたい。

「おん ばざら たらま きりく」
 今日の守本尊千手観音様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。
https://www.youtube.com/watch?v=IvMea3W6ZP0

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 山里の寺から、有縁無縁の方々の、あの世の安心とこの世の幸せを祈っています。

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